紗英さんの初バイトは専門学校時代の魚民。初日の、しかも初めて接客するお客さんにビールをかけるなどの失敗もあったが、これは1年近く続けた。
飲食業の醍醐味に目覚めたのは、そのあとに働いた虎ノ門のタリーズコーヒー。
「単純にお酒を出すんじゃなくて、ドリンクを作れるのが新鮮でしたね。自分で何かを作って相手を喜ばせる楽しさを覚えて、毎日ストイックに頑張っていました」。
常連客との交流も思い出深い。
「毎日来る女性のお客さんに『紗英さんのカフェラテじゃないと飲みたくない。味が違う』と言われたのが嬉しかったです。最終日は花束や紙袋いっぱいに入ったプレゼントを抱えて泣きながら帰りました」。
常連客といえば、ここ「UPOUT」にも大勢いる。取材時には早い時刻に来店し、ハシゴ酒ののち、最後にまたここで締めるという男性が来店していた。
彼は英会話教室でたまに一緒になる女性に思いを寄せており、紗英さんはその“恋バナ”を1年近く聴き続けてきた。そして、なんとまさに今日、外で会う約束を取り付けたそうだ。
「すごいすごい」と自分のことのように喜ぶ紗英さん。「今日はお酒が美味しいです」と言う男性によれば、新規も常連も分け隔てなく気遣いができる紗英さん目当てのお客さんが多いそうだ。
伝票に記入する姿を見ると、あれ、左利き?
「でも、こないだの誕生日に常連さんが左利き用の包丁をプレゼントしてくれました。自分で買おうと思っていたんですが、あれは感動しました」。
さらに、別の常連客に「人生で一度も鰻を食べたことがない」と漏らすと、「じゃあ、連れて行ってやる」という展開。
「ふわっふわで最高の味。日本酒との相性もバッチリでした」。
お酒が好きな紗英さんは、酔うと陽気になる。時間が経つにつれて客の酔いも回るため、そのトーンに合わせて自分も飲み進めるそうだ。酔った姿を見てみたいが、後ろ髪を引かれつつお会計。
最後に読者へのメッセージをお願いします。
【取材協力】BAR UPOUT住所:東京都新宿区歌舞伎町1-1-10 1F(新宿ゴールデン街 G2通り)「看板娘という名の愉悦」Vol.120好きな酒を置いている。食事がことごとく美味しい。雰囲気が良くて落ち着く。行きつけの飲み屋を決める理由はさまざま。しかし、なかには店で働く「看板娘」目当てに通い詰めるパターンもある。もともと、当連載は酒を通して人を探求するドキュメンタリー。店主のセンスも色濃く反映される「看板娘」は、探求対象としてピッタリかもしれない。
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石原たきび=取材・文