未来を考えるために投じた一石
「ホンダe」は“こんな未来にしたい”という、一種の提言でもあり、「未来を考える議論に一石を投じた」と一瀬さん。
“街なかベスト”という「ホンダe」の考え方も、投じられた石のひとつだ。というか、今後活発な議論を呼びそうなのは、この一石のほうかもしれない。
電気自動車というカテゴリー分けで見れば、「ホンダe」は後発だ。通常、後発ならそれ以前に登場している車よりも高い性能を備えようとする。ところが航続可能距離は先行する他社の電気自動車よりも若干短い。なぜなら“街なかベスト”にはこれ以上のバッテリーを積む必要はないと考えたからだ。
一瀬さんたちの調査によれば、1日の走行距離は90km以内という人が9割だった。つまり街乗り中心の人がほとんどだったということだ。
「だったら『ホンダe』の283km(WLTCモード)/308km(JC08モード)という航続可能距離で十分。他車よりバッテリー容量が少ないとはいえ、『ホンダe』の積むバッテリーでも、一般的な家の家電を約3日間使うことができ、カップラーメンのお湯なら約400食分を沸かせます」。
これ以上大容量のバッテリーを、つまり普段滅多に使わないような容量のバッテリーまで積んで走ることが本当にオーナーや世の中にとって“ベスト”なのか? ということを問いかける一石でもあるのだ。
「もちろん、電気自動車で遠出をすることを否定しているわけではありません。けれど本当に500kmもぶっ通しで走るでしょうか?」。500kmといえば東京〜京都ほどの距離だ。東京からの運転なら、約1時間30分、新東名の駿河湾沼津サービスエリアあたりで海を眺めながら休憩したくなる。その距離は約160km、「ホンダe」で十分行ける。
駿河湾沼津サービスエリアで30分休憩している間に充電して、次は約200km先の愛知県の刈谷PA(ハイウェイオアシスなので大きくて観覧車まである)あたりかな。でも2時間もかかるから、少し手前にしようか……。
と言ったところで「とは言え航続距離は長いほうが安心だ!」と思う人も多いだろう。だからこそ「ホンダe」は、こうした文字や言葉ではなく、「誰もが買えるコンセプトカー」として販売した。
実際に走って「なるほど、確かにこれで十分じゃないか」という人が少しずつ増えることを期待して。あるいはバッテリーのさらなる高性能化を求める声や、充電施設の拡充、その他諸々の議論が活発になること自体が、この車の目的のひとつなのである。
アラン・ケイは、テキストベースでコマンド(命令文)を入力するコンピュータが主流の時代に、今でこそ当たり前になったグラフィカル・ユーザー・インターフェイス(マウスでアイコンを見ながらクリックする、というような画面のこと)のパーソナルコンピュータを作った。
それを見てスティーブ・ジョブズがMacintoshを生み、ビル・ゲイツはWindowsを開発したと言われる。一瀬さんたちによって投じられた「ホンダe」という一石は未来に何をもたらすのか。
そして、この“問題提起”を目の当たりにしたとき、あなたは何を感じるだろうか?
籠島康弘=取材・文