限界ギリギリでの閃き。キッカケは……
そして、伊部さんは当週の日曜日に、自身が設定した期限の最後の日を迎える。
この日、伊部さんは休日出社をしていたが、これが事態を一気に好転させた。
「社食がやっていなかったので、外にランチに行きました。会社に戻りたくないと思って、公園のベンチに座っていると、目の前で女の子がマリをして遊んでいました。その光景を見て、ピカッと頭のなかで裸電球が光ったのです」。
「彼女が突くボールの中に、腕時計のエンジンが浮いているように見えました。5段階衝撃吸収構造では、どうしても衝撃が緩和しきれない。でも、コアが浮いているような状態を作り出すことができたらと、点で支える構造が閃きました」。
熟考すること半年。あと数時間で辞表提出から一転、伊部さんはようやくコンセプトを実現する構造にたどり着いた。
「今でも不思議なのですが、戻って実験すればいいのに、なぜか日曜日はルンルン気分で帰宅してまったんですよ(笑)。でも、裏を返せば、それだけ確信があったのだと思います」。
カシオの社是「創造貢献」
こうして、伊部さんの辞表は出す必要がなくなり、Gショックの初号機DW-5000Cは、1983年にリリースの時を迎えた。
当初は会社の目の前で道路工事をしている作業員に着けてもらおうくらいの気持ちだったそうだが、Gショックをアイスホッケーのパック代わりにした伝説のCMと、巨大トラックに踏ませるという実証実験番組をきっかけに、Gショックはアメリカで一躍注目を浴び、その後、ストリートファッションの隆盛とともに絶大な人気を獲得していくこととなる。
カシオでは、あとにも先にもないという、たった1行の企画書。Gショックは、数々の偶然と奇跡、そして伊部さんの飽くなき努力が積み重なった正真正銘のエポックメイキングだ。
「創造貢献。これは『世の中にないものを作ろう』というカシオの社是です。会社の風土があったからこそ、1行の企画書にもGOサインを出してくれたのだと思っています。私も1行の企画書だったからこそ、諦めずに頑張れたのかもしれません」。
市川明治=取材・文