最初のGショックはソフトボールサイズ
開発者は企画にあたって、基礎実験をしなければならない。しかし、伊部さんはこの大事な工程をスキップしてしまった。当時、伊部さんは構造案も開発スケジュールも白紙の企画書が通るとは思っておらず、どのような実験が必要かは一切考えていなかったという。
80年代前半の腕時計は、いかに薄く、小さくしていくかという方向性で開発が進められていた。しかし、Gショックはそれに逆行するコンセプト案であったため、目立たないところで実験したいと思ったそうだ。
伊部さんが拠点としていた開発室は、技術センタービルの3階にあった。そこで、“落としても壊れない”を実証検証していくため、同じ階のトイレの窓(高さ10m)から、時計を落とすことにした。
「最初は、腕時計の核となる部分の四方をガードすれば大丈夫だろうと思っていたのですが、その考えは甘いなんてものではなかったですね(笑)。何度やっても壊れてしまうので、ウレタンのゴムを何重にも巻きつけていき、最終的にはソフトボールよりも大きな球体が完成してしまいます。それを見て、これはひと筋縄ではいかないなと頭を悩ませました」。
「これが最初の基礎実験ですが、もし企画書提出前にこの実験を行っていたら、私は絶対に企画書を提出していなかったと断言できます」。
辞職覚悟で臨んだ最後の一週間
壊れない時計には、まったく新しい構造が必要だった。そして、伊部さんは、幾度となく試行錯誤を繰り返した結果、「5段階衝撃吸収構造」という構造に辿り着く。
これにより、一時はソフトボール大まで膨れ上がったGショックの試作品を、現在の大きさまで劇的にサイズダウンすることに成功。しかし、あと一歩のところで、挫折間際にまで追い込まれてしまう。
「5段階衝撃吸収構造は、画期的な構造でした。しかし、どのような調整をしても、部品がどれか一個だけは必ず壊れてしまうんです。液晶を強化するとコイルが切れる、コイルを強化すると水晶が割れる。これがエンドレスに続き、もぐらたたき状態でしたね」。
しかし、半年近くが経過しても、一向に解決策は見出せず。そして、伊部さんは遂に、諦めを覚悟するまでに追い込まれてしまった。
「半年考えても解決の糸口が掴めなかったので、最後に24時間考える作業を1週間継続してもダメだったら、諦めることにしました。藁にもすがる思いで、睡眠中も考えようと枕元に実験パレットを置くという古典的なこともやりました。ただ、その1週間で夢は一度も見ませんでした(笑)」。
「金曜日の晩には、解決策ではなく、辞表の内容を考えていました。上司に『基礎実験をやっていない企画なので、できませんでした』と今さら言い出すことはとてもできず、ケジメをつけなければならないという一心でしたね」。
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