アンジーさんたちが暮らしたのは北区の東十条。右も左も、そして言葉もわからない状態で日本の小学校に放り込まれたわけだが、持ち前の社交性を発揮してすぐに順応した。中学校では野球部のマネージャーに立候補する。
「好きな男の子がいたから(笑)。スケッチブック? あ、スコアブックか。あれも頑張って勉強しました。でも、難しい。三振の時に『K』って書くのがやっとでした」。
高校生活も満喫する。
「中学卒業後の春休みに5年ぶりにママとコロンビアに帰ったんです。結局、4月いっぱい滞在してGW明けに初めて登校しました。クラスでは『アンジーってどんな子なんだろう』って話題になってたみたいで、教室に入ると人だかりができちゃって(笑)」。
その際に“代表”として声をかけてきた「ミナちゃん」は生涯の大親友になる。高校最後の誕生日もサプライズで祝ってもらった。
ここで、アンジーさんのママが登場。お腹が空いていると思い、たこ焼きを差し入れてくれたのだ。
「さっき携帯で話していて、私は『バーガーキングかモスバーガーがいい』って言ったんです。でも、近くになかったみたいで、たこ焼きになりました。たこ焼きは断然、この銀だこ派です(笑)」。
アンジーさんとの思い出はありますか?
「うーん、小1か小2の頃に先生に呼び出されましたね。教室でシャツをまくって、お腹をくねくねさせるダンスを披露したみたいです。『授業中はやめてほしい』って(笑)」。
この店は16歳の頃からアルバイトを始めて現在9年目。「常連さんは自分の親戚みたい」と語る。一方、常連さんからは「明るい接客が気持ちいい」「こんなおじさんもハイタッチで迎えてくれる」などの声があがった。
2年前から店長を任されているアンジーさんだが、コロナを境に仕事に対する姿勢が変わったという。
「お客さんが戻りつつあるとはいえ、7月の売り上げは前年比40%。限られた時間での接客やトークの内容を濃くして、常に『今日が勝負』という気持ちで働いています」。
近い将来は自分のお店を持ちたいというアンジーさん。ここのSNSなどをチェックしていれば、最新情報を入手できるかもしれない。
よし、日本酒をお代わりしよう。「さっきのとはちょっと違う感じで」と伝えると、持ってきてくれたのは長野の「明鏡止水」。
「初めて日本酒を飲んだときは『変わった味だな』と思ったんですが、ここで働くうちにすっかりハマりました」。
最後に、好きなスペイン語を聞いてみた。しばし考えた末の回答は「La vida es Hermosa(ラ ヴィダ エス エルモサ)」。「人生は美しい」という意味だそうだ。そう、人生は美しい。そして、アンジーさんの手首に入っているタトゥーも美しい。
「ライオンと王冠です。私、ネコ型の動物が大好きで。あ、ネコ科? 王冠の下の文字は『One Life』。一度の人生、です」。
ごちそうさまでした。読者へのメッセージをお願いしますね。
【取材協力】まつうら住所:東京都台東区上野3-23-11 松田ビルB1F電話番号:03-3832-9922https://matsu-ura.gorp.jp 「看板娘という名の愉悦」Vol.118好きな酒を置いている。食事がことごとく美味しい。雰囲気が良くて落ち着く。行きつけの飲み屋を決める理由はさまざま。しかし、なかには店で働く「看板娘」目当てに通い詰めるパターンもある。もともと、当連載は酒を通して人を探求するドキュメンタリー。店主のセンスも色濃く反映される「看板娘」は、探求対象としてピッタリかもしれない。
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石原たきび=取材・文