うまいまずいではない味
加瀬友重=文
阿佐田哲也の筆名でピカレスクロマンを、色川武大の本名で純文学を書いた作家である。東京・牛込の生まれ。戦中戦後に多感な青春時代を過ごした人だから、どの作品にも当時の匂いが漂っているように思う。
その匂いは、イロさん(と仲間うちで呼ばれていた)が書く生々しい人物たちと、古い東京弁の会話と、ちょっとした食いものから発せられる。
芋飴。茶巾寿司。屋台の豚汁。叩き売りのバナナ。現代では味の想像がつかないようなものも多い。もちろん食レポのように風味、食感、喉越し、後味の解説はない。うまいまずいすらほとんど書いていない。
でも、その味を感じることができるのだ。
「お互いに生家にも居づらいので、毎日、上野公園の茶店でおちあって、彼らの唯一の外での喰い物であるところてんをすすった」。
夏の昼日中、ともに停学処分となった友人と、ところてんを食う。ところてんの味は当時の無為や不充足そのものだったのではないか。作家が食いものを書くと、うまいまずいではない味まで描かれるのかもしれない。
ちなみに上野公園から根津に下ると「芋甚」という甘味処がある。ここのは実に古風で、イロさんが食ったのもこんなところてんだったのでは、と想像している。
苦虫ツヨシ、平沼久幸、藤原徹司(teppodejine)、竹田嘉文=イラスト