昭和のいい女と水羊羹
甘利美緒=文
夫は外で働き、妻は家庭を守るという結婚観が一般的だった高度経済成長期に、「手ごたえがある仕事がしたい」と会社員から脚本家になった向田邦子さん。そのロックな生き様に憧れ、いつしか彼女が愛したものを追いかけるようになっていた。
東京の南青山にある老舗の和菓子店「菓匠 菊家」の水羊羹に出会ったのも、その流れから。1979年に上梓されたエッセイ集『眠る盃』の一編「水羊羹」において、向田さんは自らを“水羊羹評論家”と称し、「菊家」のそれをお気に入りとして挙げている。
そこには、こうも書かれている。「まず水羊羹の命は切口と角であります」。そして、「宮本武蔵か眠狂四郎が、スパッと水を切ったらこうもなろうかというような鋭い切口と、それこそ手の切れそうなとがった角がなくては、水羊羹といえないのです」と続く。
実はこの文章にきちんと目を通したのは、「菊家」の水羊羹を食べてしまったあとのこと。その潔さと愛情に溢れた表現に頭を殴られたような衝撃を受けたわたしは店を再訪し、同じものを求めた。今度は器に移し、姿かたちをしげしげと眺め、噛み締めるように味わった。
丁寧を尊ぶ。夏の味と昭和のいい女が教えてくれた。
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