興味を持った人をがっかりさせてはいけない
「もともと機械いじりが好きですし、モノ作りそのものにハマるタイプかも」という岳史氏。高さを3段階に変えることができる「マルチ フォールディング テーブル」やコンパクトサイズの財布などは、岳史氏が発案し商品化したものだ。アイデアが浮かべば企画室で図面を引いたり、店舗の什器を設計したり。常に手を動かしている社長なのだ。
社長に就任して3年。今後モンベルをどのような方向に導こうと考えているのだろうか。
「父である辰野勇の行動基準は知っていましたし、モンベルとしての選択肢の取り方は見ていました。だから社長に就任したときも特別何かを変えようとは思いませんでした。私自身、ずけずけと言いたいことを言うのも店舗勤務のときから変わらない(笑)。私は社長ですが、私の会社ではありません。何よりお客様あってのモンベル。お客様に信頼され、喜んでもらえる会社であり続けたいですね」。
岳史氏のモンベルでのキャリアは、店舗スタッフからスタートしている。長く接客と販売に携わり、ひとつわかったことがある。
「私たちは『モノを売っているわけじゃない』と思ったんです。お客様は、登山を始めてみたい、子供と一緒にキャンプをしてみたいという夢を持って店にやってくる。僕らの仕事は、その夢をかなえるお手伝いをすることではないかと。例えば、モンベルの登山靴がどうしても合わないお客様がいるとしましょう。もし社員に売り上げのノルマを課せば、そのお客様に無理に売ろうとするスタッフが出てくるかもしれない。それは絶対やってはいけないこと。むしろそのお客様の足に合うであろう他のブランドを提案して、モンベルから送り出してあげるべき。
創業者の辰野勇は、ことあるごとに『良いモノを安く親切に売らなければならない』と言っていました。この言葉の裏側には、せっかくアウトドアに興味を持ってくれた方をがっかりさせてはいけない、という意味があると思っています」。
さて先日、長く愛用していたモンベルの折りたたみ傘の骨を折ってしまい、ある店舗で新しいものを購入した。そして折れた傘の処分をお願いした。「もちろん承ります。ただ、一度拝見していいですか?」。スタッフは折れた箇所を確かめるとこう言った。「修理できます。時間はかかりますが、お待ちいただけるのならぜひ」。購入はキャンセルしてくれた。
スタッフの心遣いがありがたかったし、費用的にも助かった。何より「壊れたら買い替えるのが当然」という考え方に対して、今一度思い直すきっかけを与えてくれた。岳史氏が「モノを売っているわけじゃない」と言った真意を、理解できたような気がした。
山口謙吾=写真(人物)、鈴木泰之=写真(静物) 加瀬友重=編集・文