改めて言うまでもなく、時間は社会の規範として欠かせないものだ。物事を円滑に進めるだけでなく、今やこれなくして日常生活は成り立たない。
だからこそ時間を計る正確さや実用性を求めるならば、現代ならスマホにその役割を委ねるのも当然だろう。
だがそれに対し、絶対的な時というのも存在する。移ろう気持ちを映し出し、他人と共有することのない、自分本位の時間軸だ。今の時代、その一端を担うのが腕時計なのかもしれない。
今回のテーマは、そんな個人の時を大切にし、時間に縛られない男の時計だ。
CORUM
コルム/ビッグバブル 52 マジカル
シュールな現代アートとのコラボレーション時計
コルムは1955年に創業し、レガッタをテーマにした「アドミラル」や、斬新な直列型ムーブメントを搭載したスケルトンモデル「ゴールデンブリッジ」といったコレクションが有名。「バブル」は2000年に登場し、ブランドのアヴァンギャルドなデザインを象徴する。
極厚のドーム状サファイアクリスタル風防はその大胆なフォルムのみならず、レンズのように文字盤を拡大したり歪ませ、まるで計時を放棄したかのように幻想的な雰囲気で視線を釘付けに。そこにイタリア人の画家エリザベッタ・ファントンによる宇宙服姿のダリが描かれ、シュールな世界観を表現している。
H.MOSER & CIE.
H.モーザー/エンデバー・パーペチュアル・ムーン コンセプト
漆黒に高精度を秘めた美しき“お月見時計”
インデックスも省いたシンプルな文字盤に、煌々とした美しい月が浮かぶ。ブラックホールを思わせる深みのあるブラックは、天体物理学の分野では望遠鏡、軍事分野では熱迷彩に使われている「Vantablack」というカーボンナノチューブで構成された物質を採用。
これは光を99.965%吸収し、あらゆる物質の中で最も黒いとされる。ムーンフェイズは1日当たり0.23秒、1027.3年でわずか1日の誤差という市販ムーンフェイズでは最高レベルの精度。7日巻きのロングパワーリザーブも大きな魅力だ。
HERMÈS
エルメス/アルソー タンシュスポンデュ
時の流れに抗う、いっときの非現実世界
ケースサイドに据えられた9時位置のプッシュボタンを押すと、時分針が実際にはありえない位置(写真参照)に瞬時に移動し、扇状のカレンダーの針も文字盤の裏に隠れる。そして再度のプッシュ操作により、現在時刻に復帰する。
“時の制約から解放されるひとときを”というコンセプトを具現化したメゾンらしい詩的な機構だ。ユニークな針の動きを実現するため、時分針の360度のレトログラード機能を開発。1978年に誕生した、鐙を思わせるアルソーのケースデザインも実に個性的だ。
BAUME
ボーム/アイコニック 41MM オートマチック
伝統的なレギュレーター機構に込めた新たな試み180年以上の歴史を持つボーム&メルシエから、今年派生して誕生した新ブランド。豊富な経験と高度な時計製造技術を受け継ぎつつも、サステナブルな社会への貢献を目指し、リサイクル・アップサイクル(再生素材に付加価値を与えること)を基本理念に掲げているのが特徴的。それゆえ、時計には環境に優しい再生素材を使用する。
ブランドのファーストコレクションにあたる「アイコニック」は、文字盤の外周で分、6時位置の大きなインダイヤルで時、1-2時位置の小さなインダイヤルで秒を示すというレギュレーターウォッチ。現在、オンラインでのみ購入可能。
JAQUET DROZ
ジャケ・ドロー/グラン・ウール オニキス
オニキスの文字盤に浮かび上がる一本針この世にふたつと存在しない価値観“グラン・ウール”をコンセプトにするジャケ・ドロー。本作はそれを体現するモデルであり、天然石オニキスを用いた文字盤には1日で1周する24時間針を備えるのみ。
分や秒という些細な時間を気にすることなく、ただ美しさを愛でる時計といえよう。慌ただしい日常を忘れさせ、その針の動きは永遠に刻まれ続ける時を感じさせるのだ。
CAMPANOLA
カンパノラ/コスモサイン
時の起源である天体の運行を腕元で楽しむ東京の緯度である北緯35度で見ることのできる4.8等星以上の恒星1027個、アンドロメダ銀河やオリオン座大星雲など星雲・星団166個を、14版の印刷で文字盤にリアルに再現し、移り変わる天体の運行が楽しめる。
文字盤は宇宙をイメージし、星座盤面とともにブラックで統一する一方、方位と高度を示すスケールをグレーで配す。また風防には99%クラリティ・コーティングを施し、反射を抑え、視認性を向上。
※本文中における素材の略称:SS=ステンレススチール
星 武志(エストレジャス)=写真 石川英治(Table Rock. Studio)=スタイリング 柴田 充=文