「大人のCOMIC TRIP」を最初から読む男が惚れる男。これまでの人生において、そんな存在に出会ったことがあるだろうか。生き様すべてがカッコよく、思わず羨望の眼差しを向けてしまうような人物。個性が尊重されるようになってきたとはいえ、そんな突き抜けたヤツはそういない。
憧れるかどうかは別として、ヒーロー不在の実社会に生きるオトコたちに読んでもらいたい作品がある。『ハーン ―草と鉄と羊―』(瀬下 猛/講談社)だ。本作は天下を取るという野望を抱くひとりの男の、闘いに満ちた人生を描いた歴史ロマンである。
主人公は、源義経。“牛若丸”の通り名で知られる人気の高い歴史上の人物だが、こんな説を耳にしたことがないだろうか。
「義経がチンギス・ハーンであった」というもの。
チンギス・ハーンはモンゴル地方の遊牧民族を一代で統一し、アジア諸国を次々に統治していったモンゴル帝国の初代皇帝だ。非業の死を遂げたとされる義経に対する、後世に生まれた願望に近い伝説という見方もあるが、本作はあえてそれを下敷きに、義経がモンゴルの地で少しずつ存在感を増していくさまが描かれている。
注目すべきは、彼の人物像だ。何者も恐れぬ胆力を備え、圧倒的な豪腕で敵対する者までも従わせる強さ。虎視眈々とチャンスを伺い、機を見るに敏。そのすべてが勇ましい。それを感じさせるのは、瀬下氏のスピード感あふれる筆致に他ならない。刀を振り下ろす一瞬には、まるで風圧が伝わってくるような迫力があるのだ。
ここ最近は、男性の心情を繊細に描くマンガが増えてきた。それらが支持を集める理由のひとつは、読者が主人公に“共感”するからだろう。しかし、本作はそれらの作品とは一線を画した作品だ。主人公の豪放磊落さに、強い魅力を感じるはず。どんな逆境でも自分を信じて疑わず、「俺に指図できるのは俺だけだ」と言い切ってしまう逞しさ。それが引力となり、読者を夢中にさせてくれる。
まさに「オトコが惚れるオトコ」を具現化したような義経。その生き様に触れたら最後、彼の背中を追いかけずにはいられなくなるはずだ。そして気がつけば、彼の影響を受けて、ほんの少しだけ気持ちが大きくなってしまうかもしれない。
五十嵐 大=文
’83年生まれの編集者・ライター。エンタメ系媒体でインタビューを中心に活動。『このマンガがすごい!2018』では選者も担当。