看板娘という名の愉悦 Vol.14
好きな酒を置いている。食事がことごとく美味しい。雰囲気が良くて落ち着く。行きつけの飲み屋を決める理由はさまざま。しかし、なかには店で働く「看板娘」目当てに通い詰めるパターンもある。もともと、当連載は酒を通して人を探求するドキュメンタリー。店主のセンスも色濃く反映される「看板娘」は、探求対象としてピッタリかもしれない。
原宿にグッとくる居酒屋はないと思っていた。しかし、あったのだ。
毎日お祭りのような竹下通りを突っ切って、左斜め前に延びる原宿通りに入る。ほどなくして目指す店が見えてきた。
中に入ると大層な賑わいだ。原宿にこんな名店があったとは。
さて、今回の看板娘は村川季世さん(27歳)。キヨ。いい名前だ。オススメのお酒を聞くと、「最近は『ダブルカルチャード』が人気ですね」。なんですか、それ。
「ビールをカルピスで割ったお酒で、爽やかで飲みやすいんですよ。ビールが苦手な女性もこれならOKって言います」
なるほど、これからの季節にピッタリのお酒かもしれない。
つくね&ピーマンとタコ塩レモンを注文。
ちなみに、原宿という土地柄か客の半数は外国人だった。
「だから、英会話教室に通い始めたんです。でも、実践英語はここで働いてるほうが身に付くかも」
季世さんは原宿生まれ。出身中学を聞かれると「原宿外苑中」と答えることになる。かっこいい。さらに、実家は代々続く日本舞踊・若柳流の家系だ。
「日本舞踊は0歳半から習っています。初舞台は1歳の時で場所は歌舞伎座。今は弟が師範を目指して修行中、私はたまに呼ばれて踊るぐらいですね」
幼馴染のお父さんがこの店の常連で、季世さんが中学生の頃からご飯を食べに連れてきてもらっていた。成人してからはしょっちゅうお酒を飲みにくるようになり、やがてマスターに「いっそ働きなよ」と言われたそうだ。
ふと上を見ると、壁に外国の紙幣がびっしりと貼ってあることに気付いた。その中に坊ちゃんを肩に乗せるマッチョな男性の写真が紛れ込んでいる。
「あ、これ若い頃のマスターと息子さんです。今もふたりで厨房に入ってますよ」
マスターも息子さんも英語がぺらぺらなんだとか。壁の紙幣についてマスターが言う。
「あれは最初1、2枚だったけど、お客さんがどんどん持ってくるからあんな感じになったんだよ。店を畳む時は全部円に両替して俺のものにする予定」。
ちなみに、マスターはラモーンズとローリング・ストーンズのTシャツを着回すナイスガイだった。
このタイミングで、カウンターに座っているトルコ人女性から母国の紙幣が提供された。
そうはいっても結構な額である。海外でいうチップ感覚なのだろうか。
マスターに季世さんの印象を聞いてみると、「キヨちゃん? 怖いですよ。俺がいつも飲みすぎて記憶ねえからよく怒られます」。
「マスターは芋焼酎のロックに水をちょっと入れたやつをガブガブ飲むからね。20時に解禁して22時頃には大体記憶がないみたい」と季世さんは笑う。
あれ、メガネどうしたんですか?
「私、両目とも視力が0.03ぐらいなんですよ。メガネがないと何も見えない。でも、『メガネ外したほうがいいって』と言う常連さんがいて、その時は素直に外して勘で働きます」
うーん、個人的にはメガネありのほうがいいです。さて、お代わりはマスターが愛する芋焼酎にしよう。
「鹿児島の『島娘』をお持ちしますね。うち、焼酎はこれだけなんです」
カウンターの女性客にも季世さんについて聞いた。
「かわいいし、明るいし、物怖じしないし、あと、何を言っても笑ってくれるから最高です。コミュニケーション能力も高いから接客に向いてますね」
ここで、先ほどのトルコ人女性が帰り支度を始めた。すかさず駆け寄って何やら話をする季世さん。紙幣のお礼を言っているのだろうか。
さて、僕もお会計を頼もう。そして、読者へのメッセージをお願いします。
最後は店の外まで見送ってくれた。
石原たきび=取材・文
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