看板娘という名の愉悦 Vol.13
好きな酒を置いている。食事がことごとく美味しい。雰囲気が良くて落ち着く。行きつけの飲み屋を決める理由はさまざま。しかし、なかには店で働く「看板娘」目当てに通い詰めるパターンもある。もともと、当連載は酒を通して人を探求するドキュメンタリー。店主のセンスも色濃く反映される「看板娘」は、探求対象としてピッタリかもしれない。
今回の舞台は「ムサコ」。武蔵小山? 武蔵小杉? いや、武蔵小金井だ。北口にある小金井公園などの桜にちなみ、駅の発車メロディは『さくらさくら』である。
南口を出て5分ほど歩くと、看板娘が待っている「ダイニング小金井」に着いた。
両脇は豆腐屋と和菓子屋。なんとなく心が踊るロケーションだ。今年の4月にオープンしたばかりとあって、店内は初々しい佇まい。
ここで働く看板娘は西田七海さん(20歳)。連載史上、最年少だ。「こういうの恥ずかしいですね……」とはにかむ彼女は日本酒が好きだというので、オススメをいただいた。
七海さんは会津若松生まれの小金井育ち。大妻女子大の人間関係学部で福祉を専攻しており、武蔵小金井の魅力を「都会すぎず田舎すぎないところ」と語る。
マスターの古畑俊男さん(56歳)は、都庁職員、スカパーJST社員を経て、「ずっとやりたかった」という飲食店を立ち上げた。
「父が古畑さんの飲み友達なんです。アルバイトを募集してるよと言われて働くことにしました。小1から知ってる人なので安心かなと思って」。
ちなみに、古畑さんは右脚が義足でパラトライアスロンの選手なのだ。
東京パラリンピック出場を目指してトレーニングをしてきたが、残念ながらその夢は果たせそうにないという。
ここで、お客さんから生ビールの注文が入った。
七海さんに「あの方は常連さん?」と聞くと「父です」。おっと。
「私のバイトは週3ぐらいだけど、父は週5ぐらい来てます。えっ、父の好きなところですか? うーん、社交的で地元のいろんな人やお店を紹介してくれるところですかね」。
「七海は反抗期もなくすくすく育ってくれたから感謝してます。あ、飲み屋を取材してるんなら北口の『カナディアン』って店に行ってみて。俺が行きつけのガールズバー」。
「そんな情報どうでもいいわ」と七海さんの突っ込みが入った。しかし、まあ仲がいい親子だ。七海さんの20歳の誕生日は、生まれた年のワインをレストランに持ち込んでお祝いしたそうだ。
さらに面白かったのは、七海さんのスナックデビューがお父さんの飲み友達とだったという話。
「北口の『樽小屋』っていう店なんですが、『わー、ほんとにママがいる!』と感動しました」。
さて、何か食べよう。七海さん、フードのオススメは?
「あっ、それならぜひTFTメニューを食べてほしいです。1食につき20円の寄付金が開発途上国の子供たちの学校給食代に充てられます」。
TFTとは「TABLE FOR TWO(2人の食卓)」の略。先進国の我々と開発途上国の子供たちが、時間と空間を越えて食事を分かち合うというコンセプトのもと、2007年に日本で始まった。そして、彼女は大妻女子大のTFTサークルの代表なのだ。
では、遠い国の子供たちに思いを馳せて「魚の三五八(さごはち)漬け」をいただきましょう。塩、こうじ、米が3:5:8の割合の漬け床で作った山形の郷土料理だという。
やがて、鮭の三五八漬けが運ばれてきた。おお、身がほろほろでなんともいえない滋味がある。
七海さんの趣味も聞いてみよう。
「趣味というか、グリーンバードっていうゴミ拾いボランティアの団体で、いろんな街のゴミを拾っています。最初は単なるメンバーでしたが、気づいたら運営側に回っていました」。
とくにボランティアに関心があったわけではないが、参加してみると、会社員、主婦、商店街のおじさんなどとおしゃべりしながらゴミを拾うという活動が楽しかったという。
「議員さんたちも来ますが、党派関係なく和気藹々とやっているのもいいなあと思って」。
TFTにゴミ拾いと、志の高い活動を自然体でこなしているように見えた。お父さんの育て方が良かったのだろうか。すばらしいよ、七海さん。では、最後に読者へのメッセージをお願いします。
「ヘルシー」メニューという点を強調しといてくださいと言われました。
【取材協力】 ダイニング小金井住所:東京都小金井市本町1-10-5-2F TEL:042-316-5582石原たきび=取材・文