特集「男はどうして旅に出るのか?」
なぜ旅は、いつの時代も男心をかき乱すのか。年を重ねると、長旅に時間を割くいとまもないかもしれない。しかしそこには紛れもなくロマンがあり、胸を熱くする体験が待つに違いない。現在42歳の人気モデル・大石学さんは5年前の冬、世界一周の旅に出た。都会的でありながら、肩に力の入っていない独特の空気感を持つ彼は、428日かけて48カ国を巡った。なぜ旅に出るのか、旅でどんなことを得て日常に復帰するのか。旅は男を成長させるのか。大石学に聞いてみた。その1回目。
洒落たさわやかな無精ヒゲも伸ばしすぎると……
「旅で何かを得ようなんて全然思ってないんです。ただただ旅に行くのが好きだから」。
笑うと目尻に入るシワがチャーミングだ。大石学さんがいるのは、桜が満開となったある日の渋谷区のオフィスである。無精ヒゲがむしろ清潔感を演出しているように見えるのが不思議だ。
こうして笑顔で話しているおおよそ4年半前には、クロアチアにいた。随一の観光地・ドブロヴニクの町を見下ろすスルジ山を散策していたのだ。
無精ヒゲは半年以上放置した状態。杖代わりのねじ曲がって枯れた木の枝が野性味あふれるルックスとよく似合っている。山の麓のドブロヴニクは、旧市街が世界遺産に指定されているクロアチア随一の観光地である。
日本を出発して9カ月が経ったころ。シンガポールから旅を始め、東南アジア、インドを経て中東。トルコ、ギリシャ経由でたどり着いた東欧。モンテネグロを経てチェコへ。その後、北欧からアイスランド、英仏、北アフリカを経て大西洋を渡り、北米から南米、最終的には南極にまで行った。イースター島を巡って東京に戻ってきた時、旅立ってから428日が過ぎていた。
「旅して思ったのは、日本って奇跡の国だなっていうことです。まずインフラがきちんとしていますし、人もすごくいい。バスの運転は丁寧ですし、乗るだけで“ホントありがたい”って感じます」。
僕が世界一周を目指したわけ
「旅には昔から“憧れ”っていうと大げさですけど、なんだか“いい印象”がずっとあって。実はうっすらツアーコンダクターになりたいなって思ってたんです。それで高校を卒業後には旅行関係の専門学校に行ったほど……半年ぐらいでやめちゃったんですが(笑)」。
初めての海外は19歳。当時すでにモデルの活動も始めていた。時間はたっぷりあったので、とにかくバイトに精を出し、友達とオーストラリアのパッケージツアーに申し込んだ。
「旅先の思い出がどうというより、“海外ってこんなに簡単に行けるんだ!”っていうことのほうが衝撃的でしたね。それまで僕にとっては“異国の地=架空の場所”みたいなイメージでしたから」。
いわばフィクションの世界に意外に簡単にアクセスできるということに衝撃を受けたという。大阪に生まれて野球に打ち込み、甲子園目指して高校時代は岡山へ野球留学。たった一度のパックツアーが、白球一筋だった青年に“旅”という新しい窓を開いた。そしてその思いは、20歳で本格的にモデルを始めてから大きく広がることになる。
「香港とかシンガポールとかに滞在して、ポートフォリオ作りをしながらむこうの仕事をする、ということを20代の最初の頃やってたんです。20年ほど前、アジア圏では“日本から来たモデル”に結構需要があったんですよ(笑)。僕は自分で希望して、行きたいって言ったんです。香港やシンガポールに滞在すること自体は“仕事”でした。だから一切旅の感覚はなかったですね。そこをベースに近場にふらっと旅するようになったんです。香港からマカオとか、シンガポールからはインドネシアとかマレーシアに。せいぜい1泊2泊なんですけど“あ、知らないところに行くのってすごく面白い!”って思うようになったんです」。
架空の場所だった海外は、現実となり、さらにグンと距離を縮めた。だってそもそもその頃って、大石さんの本拠地自体がすでに海外だったのだから。それで拠点を東京に戻してからもちょくちょくアジアを旅するようになったという。
そして20代後半になって、大石さんはある風景に出合う。南米・ボリビアの標高約3700mの地点にあり、雨が降ると薄く水がたまって、空と周囲の風景を全て映し出す世界最大級の「塩湖」。
「ウユニ塩湖! 見たのは雑誌かテレビか忘れましたが、ああここ行きたい! って」。
それ以上でも以下でもない。行きたい。実際に自分の目で見たい。そんなシンプルな欲望。だがウユニ塩湖は遠い。日本からだとアメリカ経由で、ボリビアのラパスまで少なくとも30時間を要する。そこからさらに飛行機で1時間。クルマならば10時間はかかる。
でもそこで“逆”に考えるのが大石の旅人たる所以なのであった。
「その時初めて世界一周に思い至りました。ボリビアだけに行くのは遠い。だったら周りの南米の国々も見ておきたいし、そういえばアジアもグルッと回りたいし。インドも行ったことなかったなあ……って思い始めて。どうしたら見たいところをうまく見て、ウユニ塩湖を組み込めるかなって考えるようになったんです」。
そしてまず始めたのは、お金を貯めること。だがガチガチに節約したわけではない。大石自身、半信半疑ではあった。機会があれば行きたい。でもまあ世界一周だから、なかなか難しいよな。ただ、いざという時に行けるだけの準備はしておきたい。
結果、旅立つまで約8年かかった。それは予算の捻出に要した時間ではなかった。
「僕の中で、世界一周に行かなきゃっていう気持ちになったのがそのタイミングだったんです」。
事務所には「お休みさせてください」と言った。だが……。
「もしかしたら自分に別の可能性があるのかもしれないという気持ちも少しあったんです。37歳になって、これまでどおりのモデル活動を続けていくのか、何か新しい要素を取り入れて踏み出すのか……日に日にすごく考えるようになっていて、旅に出ることで、もしかしたら何か答えが得られるんじゃないかっていう気持ちもあったんです」。
実はこの10年ほど前にも一度モデルの仕事を離れている。20歳から仕事を始めて30歳が目の前にきた時、何となく「これからどうしていくのか」というテーマが目の前に浮かんできたという。
「20代後半ぐらいになるとわりとそれで悩むモデルが多いみたいなんです。それで僕の場合は、1年間サラリーマンをやってみたんです」。
結果、意外にサラッと元のモデルの仕事に復帰した。そんな「自分のあり方を考える」次の周期がそのタイミングだったのかもしれない。旅をキッカケに、人生を見つめ直す。使い古されたフレーズかも知れないが、案外その効果は大きそうだ。
「自分がこれからどんな人生を歩んでいくのか、もしかしたら何かステップアップの道はあるのか考え直してみたいと思ったんです。世界一周するうちに答えが出るかもしれないという下心はありましたね」。
でもそれはあくまできっかけ。心の中心にあったのは「見たいぜ! ウユニ塩湖!!」。かくして大石学は西回り世界一周の旅をスタートさせた。
【Profile】大石学1975年、大阪市生まれ。甲子園を目指し主将を務めた岡山・作陽高校を経て、20歳の時モデルとして本格的に仕事を始める。雑誌のみならず、「LANVIN」「John Varvatos」などのコレクション、テレビCMなどでも活躍。趣味はバイク、トレッキング、マラソンなど。旅先でも度々荒野を爆走する。 ・大石学 オフィシャルインスタグラム(@gaku10 ) 取材・文=武田篤典 撮影=稲田 平