「大人のCOMIC TRIP」を最初から読む仕事が充実しており、家族にも恵まれた。しかし、振り返ってみると、諦めてしまったものもある。心の奥底に“くすぶり”を抱えたまま生きている人は少なくないだろう。自分には才能がなかった、チャンスがなかった。そう思い込もうとしても、なんだかモヤモヤしている……。
そんなかつて断念した夢に対して、当時とはまったく違うアプローチをしたらどんな結果が待っているだろう。『僕はまだ野球を知らない』(西餅/講談社)は、まさにそんな大人の夢のかなえ方を描いた作品だ。
主人公である宇佐智己(うさ ともき)は、工業高校に勤務する物理教師。とあるきっかけから野球部の監督に就任することになる。ただし、宇佐には野球経験がない。極度の運動音痴だった宇佐にとって、野球部は憧れの的だったのだ。そんな彼にとって、野球部の監督になるのは、長年の夢。それがかなった今、宇佐は意気揚々と弱小野球部の改革を宣言する。
そのために宇佐が持ち出すのが、「セイバーメトリクス」と呼ばれる統計学的な野球の分析理論。経験がない分、彼は理論的に勝てる野球を追求していこうとするのだ。
しかし、もちろん部員たちは懐疑的。ズブの素人に何ができるのか。その根底にあるのは、運動部特有の“根性論”だろう。理論や知識よりも、経験や根性こそが勝利につながるもの。そう信じているのだ。
けれど、宇佐の持ち出す統計学により、部員たちは徐々に野球の腕を上げていくことになる。「トラッキングシステム」を用いて、選手一人ひとりのクセを視覚化し、改善的をあぶり出す。対戦相手や審判の特徴を分析し、その隙を突くプレイを提案する。これにより、弱小だった野球部が、少しずつ強くなっていくのだ。
本作で描かれるのは、野球選手に憧れていたひとりの男が統計学というアプローチにより、幼い頃の夢を違ったカタチで叶えていくさま。そのがむしゃらな宇佐の姿からは、「何歳になっても、夢を叶えることができる」という勇気をもらえるに違いない。むしろ、大人になり、さまざまな経験を積んだ今だからこそ、新たな視点で夢に近づいていくことだってできるのはずなのだ。
もしも、心の奥底にくすぶり続けているなにかがあるという人は、野球部のために奮闘する宇佐の姿から、あのときの夢に近づく方法を考えてみてほしい。今だから見つかるアプローチがあるはずなのだから。
五十嵐 大=文
’83年生まれの編集者・ライター。エンタメ系媒体でインタビューを中心に活動。『このマンガがすごい!2018』では選者も担当。