「37.5歳のもしも……」を最初から読むあまり考えたくはない未来の「もしも」が、人生には必ずある。夫婦のこと、子どものこと、両親のこと、会社のこと、健康のこと、お金のこと、防災のこと――心配しだすとキリがないけれども、見て見ぬフリをするには、僕たちもそう若くはない。今のうちから世の中の仕組み、とりわけ社会保障(セーフティネット)について知っておくことは、自分の大切な人たちを守るためにも“大人の義務教育”と言える。37.5歳から考える未来の「もしも」――この連載では「親の認知症」について全6回で考えていきたい。
「加齢によるもの忘れ」と「認知症の記憶障害」は、どこが違う?
「認知症は早期発見、早期治療が大事」といった文言を、ネットやテレビなどで見かけたことはありませんか。認知症サポーター講座のテキストでも「認知症の早期の発見、早期の受診・診断、早期治療はその後の認知症の人の生活を左右する非常に重要なことです。認知症はどうせ治らないから医療機関にかかっても仕方ないという誤った考え方は改めましょう」と明記されています。実際に本人が病気を理解できる時点で受診しておくと、生活上の障害を軽減できたり、トラブルを減らすことができ、認知症であっても本人の願う生き方を全うすることが可能だとされています。
40代になると、自分の親世代が65歳以上の高齢者であることが多いので、「もしかしたらウチの親も、認知症では?」と心配になることもあるかと思います。では、親に早期受診を進めるのは、どんな症状が出始めたときが良いのか。認知症でない人でも「加齢によるもの忘れ」はあります。それなのに自分が心配だからと、「早期発見が大事なんだから」と無理やり親を診療に連れていくのは早計です。「加齢によるもの忘れ」と「認知症の記憶障害」の違いについて知っておかないと、親に余計な負担をかけたり、プライドを傷つけてしまうことになりかねません。
それでは問題です。下記の5つで、左右どちらが「加齢によるもの忘れ」でしょうか。
●経験したことが部分的に思い出せない ⇔ 経験したこと自体を忘れている
●物の置き場所を思い出せないことがある ⇔ 置き忘れ・紛失が頻繁になる
●約束をうっかり忘れてしまった ⇔ 約束したこと自体を忘れている
●物覚えがわるくなったように感じる ⇔ 数分前の記憶が残らない
●曜日や日付を間違えることがある ⇔ 月や季節を間違えることがある
答えは全て、左が「加齢によるもの忘れ」で右が「認知症の記憶障害」です。「加齢によるもの忘れ」は、覚えるのに手間がかかるけれども、何度かトライすれば記憶として残る。一方「認知症の記憶障害」は、新しいことが記憶できず、つい先ほど聞いたことも思い出せなくなるのです。
「認知症の診断を受けに行こう」の言葉が、逆効果になることも
前述の問題で右側に列挙したような症状が、自分の親にも当てはまるのではと感じたとき、あなたならどうしますか。すぐにでも専門医の診療を受けさせたいと思うでしょうが、それがなかなか難しいのが現実です。なぜか。本人自身が、自分が認知症であることを認めていない、自分はおかしくない、という気持ちがあるからです。
認知症になると新しい記憶が苦手になるので、本人が失敗したことを家族が覚えていても、本人自身は忘れているケースがあります。なので、「そんな失敗はしていない」「家族がなぜそんなことを言うのかわからない」という気持ちになり、さらに家族が強く叱責すると「なぜ自分がそこまで言われるのか」「家族が自分を陥れようとしている」と、より強い抵抗を見せるようになります。そんなときに「認知症の診断に行こう」と言っても、本人はなかなか受け入れてくれません。むしろ「私をバカにしている!」と怒りを買い、逆効果になることもあります。
家族には、できるだけさりげなく受診を促すための工夫が必要です。たとえば、いきなり大きな病院に行くよりは、普段から診療してくれるかかりつけ医に相談する方が本人も抵抗が少ないでしょう。かかりつけ医に認知症専門医の紹介をしてもらうことで、家族が言うよりスムーズに専門医への診療につなげられるかもしれません。また、地域で開催されている認知症カフェや認知症啓発イベントに一緒に参加をしてみるのもいいと思います。高齢者福祉の相談窓口である地域包括支援センターや保健センター等に、健康相談ということで訪問してもらうこともできます。
なにより認知症への不安が大きいのは本人です。そして身近な家族には、本人の認知症状が強く出る傾向があります。そのことを知っておくだけでも、親に対する言葉や態度が変わってくるのではないでしょうか。
※参考文献: ・「認知症サポーター養成講座標準教材」(全国キャラバン・メイト連絡協議会)
取材・文/藤井大輔
リクルート社のフリーマガジン『R25』元編集長。R25世代はもちろん、その他の世代からも爆発的な支持を受ける。2013年にリクルートを退職し、現在は地元富山で高齢者福祉事業を営みながら、地域包括支援センター所長を務め、住民向けに認知症サポーター講座を開催している。主な著書に『「R25」のつくりかた』(日本経済新聞出版社)