「ネオ角打ち」という名の愉悦Vol.4
酒屋の店頭で飲むスタイルを「角打ち」と呼ぶ。「四角い升の角に口をつけて飲むから」「店の一角を仕切って立ち飲み席にするから」など名称の由来は諸説あるが、いずれにせよプロの酒飲みが集うイメージ。一般人には少々敷居が高い。しかし、最近では誰でも入りやすい新しいタイプの角打ちが続々と登場している。そんな「ネオ角打ち」の魅力に迫る連載です。
1万円以上するTシャツを着た人々が集う。そんなイメージの代官山だが、この街にも角打ちがあるという情報を得た。さっそく行ってみると、さすがにお洒落だ。
しかし、お酒に対する愛情とこだわりが尋常ではなかった。
オーナーの山本祐也さん(32歳)に話を聞いた。
「27歳で独立してコンサル系の仕事をしていたんですが、とあるご縁で日本酒のプロデュースをすることになりまして。これをきっかけに今年7月、日本酒のセレクトショップをオープンしました」
出身が金沢の近郊だったため、同級生に酒蔵の子息が大勢いたという。こうした環境も今の展開と無関係ではないかもしれない。現在、店内に置いてある日本酒は約150種類。若い世代の蔵元が作るレアな銘柄がメインだ。
「うちのコンセプトはメジャーでもプロ野球でもなく、甲子園。若いチャレンジを応援したいという思いが強い。“未来のスター”のお酒を扱うので『未来日本酒店』というわけです」 。未来の味をさっそくいただこうではないか。山本さんオススメの3銘柄を注文する。
「左は徳島の三芳菊酒造が34年間熟成させて作った『1984』です。ジョージ・オーウェルと村上春樹の小説タイトルで、かつヴァン・ヘイレンのアルバムタイトル。物語が立ち上がってきそうなところもいい。値段は900円」
さらに、中央は山本さんや能登の名杜氏を含むプロジェクトチームが“究極の食前酒”としてデザインした無濾過生原酒、「桜咲け!(SakuraSake)」。こちらのアルコール度数は16度だが、同銘柄の右は14度と少し飲みやすくなっているという。共に700円。
34年熟成ものは色味的に赤ワインのつもりで飲んだが、実際は強烈な酸っぱさと香ばしさを併せ持つ究極の発酵酒だった。
「酵素を介さずに糖とアミノ酸が結合するメイラード反応によって、こういう色になるんですよ」
外飲み好きとしてはオープンエアの席があるのもうれしい。余談だが、店の前で橋の遺構を見つけた。
山本さんが言う。
「同じ酒蔵でも杜氏の代替わりで味が変わるんです。うちではそんな日本酒たちを『デザイナーズ』『ヴィンテージ』『テロワール』といったジャンルに分けて冷蔵しています」
「デザイナーズ」はいわゆるモダンな味、「ヴィンテージ」はとくに推したいもの、「テロワール」は地元の米や水にこだわる銘柄だそうだ。
常々、日本酒のラベルはデザインが多様で美しいと思っていたが、山本さんいわく、「ワインなどと違って表示の規制がないから自由なんです」。
「先ほどの三芳菊酒造のオヤジさんが大のロック好きでね。デザインは完全にサイケだし、ほら、下に『WALK ON THE WILD SIDE』って書いてあるでしょ。ルー・リードの代表曲です(笑)」
現在、東京農大に通っており、蔵を継ぐかどうかは「考え中」とのことだった。
「そうそう、若い世代の蔵元といえばこれも見てくださいよ」と山本さん。
「未来のスター杜氏が最高峰の純米大吟醸を醸す『Stars』というプロジェクトから生まれたスペシャルな日本酒です。3人とも20代から30代。まさにドラフト1位指名が噂される高校球児だといえますね」
いずれも、ゆくゆくは蔵元を継ぐ人々。蔵元ではなく杜氏にスポットを当てようという試みなのだ。スペシャルな大吟醸なのに3種セットで1400円。
なお、「ネオ角打ち」は得てしてフードもネオである。ここもそうだった。
おっと、気になる文字列が……。
「熱海にある『干物屋ふじま』の藤間義孝さんが作る逸品です。ぜひ、召し上がってください」
天日干しにこだわった製法と秘伝のレシピがあるらしい。文字通りハイパーな美味しさだった。お値段900円。
「新潟の今代司酒造が作っている『錦鯉』という日本酒。もちろん、カープとは関係ないんですが、錦鯉は縁起がいいということで中国の方にも人気なんです」
もう少し飲みたい。山本さんにそう告げると、「じゃあ、熱燗いってみましょうか。岡山・丸本酒造の『かもみどり』なんて芳醇で燗酒にぴったりですよ」。
も、もう一杯ください。
蔵元は奈良の美吉野醸造。15世紀といえば、ヨーロッパではオスマン帝国が興隆し、日本では応仁の乱が起きた時代だ。米、麹、水が時空を超える。
「杜氏ってミュージシャンに似てるんですよ。アーティスト魂を注ぎ込んで年に1回集大成となるアルバムを出すという意味で。『ファーストアルバムが一番いいとは言わせないぞ』という矜持もありますからね」
かくして日本酒の世界を十二分に堪能。飲んでいる最中は、お連れしたい日本酒付きの知人の顔がいくつか浮かんだ。さて、そろそろお会計をしようか。
このあと、夜の帝王になりました
取材・文/石原たきび