「ネオ角打ち」という名の愉悦Vol.3
酒屋の店頭で飲むスタイルを「角打ち」と呼ぶ。「四角い升の角に口をつけて飲むから」「店の一角を仕切って立ち飲み席にするから」など名称の由来は諸説あるが、いずれにせよプロの酒飲みが集うイメージ。一般人には少々敷居が高い。しかし、最近では誰でも入りやすい新しいタイプの角打ちが続々と登場している。そんな「ネオ角打ち」の魅力に迫る連載です。
15年間住み続けている街、東京・高円寺。ここ最近、立ち飲み屋が急増した。ざっと数えても20軒近くあるのではないだろうか。
そんな立ち飲み激戦区に新たな刺客が登場した。
店の名は「東京屋」。創業65年の老舗酒店だ。
ビールケースをひっくり返して椅子にする飲み屋が多い高円寺で、このお洒落感は正直に合わない。しかし、オープンするやいなや、大人気の角打ちになっているという。
「ウチはウイスキーやワインを中心とした酒類とアジアの食品を販売するという、いわゆる小売りだけでずっとやってきました。でも、スペインで見たバルが印象的で、今年7月から思い切って立ち飲みスペースを設けたんです」
山下さんは、もともとソフトウェアを開発する会社に勤めていた。しかし、沢木耕太郎の『深夜特急』に触発されて27歳で退社。アジアとヨーロッパを横断する旅に出た。
「帰国して酒屋を継いだんですが、正直、小売りだけでは限界があると感じました。それなら、スペインで見たような店内で気軽にお酒を飲めるようなスタイルはどうかなと」
オススメを聞くと「自家製のスパークリングワインですね」。えっ、自家製とは? 「ワインを発泡させる工程でいろいろと企業秘密がありまして(笑)」。
アメリカ、チリ、イタリア、スペイン、ドイツ、フランス、オーストラリアと酒屋だけに選択肢も多いが、1杯目はイタリア産の白にした。
企業秘密がみごとに発泡している。「いま、俺は酒屋の店内で飲んでいるんだ」という非日常感も美味しさに拍車をかける。
ここで隣の女性3人組から、どっと笑い声が上がった。事情を聞くと左端の女性が大学時代に、がま口財布に付けられた「ガマ口」という商品名を見て、「へえー、ガマロなんていうブランドがあるんだ」と思ったという話に大受けしたという。うん、漢字の『口』とカタカナの『ロ』はたしかに紛らわしい。
さて、この角打ちはフードにも凝っている。山下さんによれば、「手を抜きたくなかったので、新たに専門のシェフを雇った」とのこと。
ゼッポリーニはナポリ名物の揚げ物、モルタデラはピスタチが入ったハムだ。量が少ないのでいろいろつまめるのも嬉しい。
「そうだ、2階も見て行きますか?」と山下さん。階段を上がると、そこは洒落たイタリアン酒場だった。
まだ準備中だが、来年早々にはオープンさせたいという。
なお、毎週金曜日にはパンとベーグルも入荷する。こちらも知る人ぞ知る人気商品だ。
「なんとなく店内で飲める、といった角打ちにはしたくなかった」と語る山下さん。お酒もフードも自家製のものを提供する。酒屋の看板商品であるウイスキーは出さない。そう、ここは本場ヨーロッパのスタイルを独自に取り入れた、こだわりの“ネオ角打ち”なのだ。
取材・文/石原たきび