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2017.10.13

ライフ

名優・國村隼が教えたい「仕事の苦痛が楽しさに変わる方法」


価値観のコリをほぐす“読むサプリ”
37.5歳におしえたいこと Vol.7
気持ちはまだまだ若いが、そろそろ成熟への一歩も踏み出す世代。それが37.5歳。だからこそ若者の間で流行っていることを知っておきたいし、先輩には引き続きアドバイスを頂戴したい。自分の「好きなモノ」だけでアタマの筋肉がカチコチにならないよう、同世代以外の著名人のみなさんに聞いてきた。「37.5歳におしえたいこと、ありますか?」
「休みの日はだいたい家でボーッとしています。出不精なんですが、外に出るために、たまにフライフィッシングをしています。富士五湖のあたりや、塩原の方まで足を運びますよ」
フライフィッシングは英国で生まれた“紳士の釣り”。毛針を使って狙うのは、ヤマメ、イワナ、ニジマスといったトラウトだ。清流に佇む俳優・國村 隼さん(61歳)を想像しただけで絵になるが「いやいや、バタバタ忙しい釣りなんで(笑)」という。教えたいことのひとつめは、まさにこれだ。

フライフィッシングの醍醐味は、楽しみの幅が広いことにあり


「30歳過ぎに渓流のルアー釣りから始めまして、40半ばですすめられたフライフィッシングにハマりました。年に一度くらい行ければいいという感じですから、まだまだ下手ですよ。楽しさは語り出すとキリがないんですが、まずムチのように長い竿を使うキャストの技術。またフライ(水生昆虫に似せて作る毛針)を自分で作る面白さ。どちらもそれだけで大会があるくらい深いものです。フライを巻くと水棲昆虫のことを知りたくなり、昆虫学者のようになって、釣りなのか水生調査なのかわからなくなる人がいるくらい。これが釣りだということを忘れないようにしないといけない(笑)」
多面的な楽しさと奥行きがある。突き詰めきれないからこそ楽しい。これぞ趣味の醍醐味だ。

「僕はインドアでちまちまフライを作るのが好きなんです。カゲロウやアブをイミテートして、糸をクルクル巻いて、鳥の毛をつけて。ただ消耗品なのでね、木の枝に引っかけたり何匹か釣るとダメになってくるんですよ」
専用のバイス(台)にスレッド(糸)を巻き、羽をつけて形を整えて……。そうして清流に趣き、そこで釣った魚はキャッチアンドリリースが國村さん流。
「釣り自体が目的なんです。その行為が面白いから、出不精でも山に行けるわけです」
出不精であったとしても、釣りと仕事は別物。後者の話を聞こう。出演映画『KOKORO』(11月4日公開)は、ベルギー、フランス、カナダの合作映画。弟の突然の死に触れたアリス(イザベル・カレ)は、彼が生前、日本滞在中に慕っていた男・ダイスケに会いに行く。断崖絶壁の自殺の名所で、自殺志願者を呼び止める“東尋坊のシゲさん”という実在の人物をモチーフにした役を、國村さんは演じる。

「キリスト教の教えの人が、日本の自然とウェットな心に触れて、救われていく過程を淡々と描く脚本に魅力を感じました。一方でダイスケは、終止符を打ちたいと崖に佇む人に声を掛けているけど、自分もどこかで救われている。立場も国籍も違う人たちのふれ合いを本当に優しく綴った脚本だと思ったんです」
手がけたのは、ベルギーの女流監督・ヴァンニャ・ダルカンタラ。淡々としながらも、随所に優しい目線が感じられる作品だ。ヨーロッパと日本では、おそらく本作の捉え方は変わる。自殺、ひいては死に対する意識の違いがあるからだ。だが監督のメッセージを咀嚼して演技に取り組むことは、自然な作業だったという。
「物語はあらかじめ用意してありますが、現場で立体化していく作業を通して、メッセージが身体に染みこんでいくわけです。国籍が違っても、みんなで取り組む映画作りは、国が違っても変わりのないことですし。ただ、ヴァンニャは物語を感じながら撮る人だと思いました。普通だったら素材を集めた後の編集時の作業だと思うんですが、撮影しながら、自分が紡ぎ出したい作品の流れを感じながらやろうとしていた印象があります。それは刺激的で、面白いと思いました」

イヤで仕方のない仕事でも「面白がれたら勝ち」


國村さんもそれに答えるように、みごとな英語の芝居を披露している。
「たはは! やっつけの日常会話程度とヒアリングはある程度できますから、なんとなくコミュニケーションが取れる程度です。現場ではヴァンニャに随分直されましたよ。なるべく頭で翻訳しないようにしていました。日本語のセリフだったら何も考えずにしゃべりますけど、ネイティブじゃない言語ではどうしても“置き換え”になってしまう。自分のなかのイメージが言葉でそのまま出てくるように、ということに気をつけました」
いうべきことは脚本に書いてあるし、繰り返し読んで現場に挑むが、「いつも通りじゃないからこれは大変だぞ」と意識していたという。課題が増えていくことに対しては、國村さんは「自分が面白がれたら構わない」というスタンス。
「この人と一緒にもの作りをしたいと思わせてくれる相手なら、大変でもそれはやりたいことです。面白がれれば、困難も楽しさに変わります。『僕を選んだ時点で向こうも大変なわけだからそれでもいいか』と、人に下駄を預けるような気持ちもあります。あまり自分を追い詰めない。楽観的なんですね」
当然、つまらない仕事だってある。だが面白がれたら勝ち、と國村さん。仕事は違えどその手法は見習いたいが、いかにして面白がるのだろうか。

「イヤで大変で仕方ないときでも、お客さんが見てどうやって楽しんでもらえるかなということです。関わった時点で、結果に責任を負うわけですから。そこで恥ずかしいことはしたくない。イヤだから手を抜いたり現実逃避したって、結果的に恥をかくのは自分じゃないですか。その意識に立てば、どう楽しんでもらえるか、それが自身の楽しさに繋がると思うんですよね」
楽しんで臨めば、やるべきことも見つかる。仕事のアウトプットに対して楽しさを見いだすというのは、プロの仕業だ。だが映画作りでなくとも、その視座に立つことはできるに違いない。もしかするとフライを作って、投げ込んで、魚の気を引くことにも似ているかもしれない。
「まさにね(笑)でも釣りの場合はもうちょっと企んでいて、魚を“だます”というまた違った楽しみがあるんですよ。真摯なエンターテインメントとは、またちょっと違うんですよね」
【PROFILE】

國村 隼
1955年熊本県生まれ。81年『ガキ帝国』で映画デビュー。『ブラック・レイン』(89年)ほか、数多くの映画、ドラマに出演。この3月に日本でも公開され話題となった韓国映画『哭声/コクソン』で、「2016 APAN STAR AWARDS」の特別俳優賞を受賞、さらに「第37回青龍映画賞」において男優助演賞と人気スタ-賞の2冠も受賞し国際的な評価も高い。弟の死をキッカケに日本に訪れたフランス人女性が、生きることの意味を見つめるハートフルなストーリー。イザベル・カレのほか、國村 隼、安藤政信、門脇 麦などの日本人俳優の演技も見どころ。11月4日(土)渋谷ユーロスペースほか全国順次公開
取材・文=吉州正行 撮影=花村謙太郎


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