終着駅で飲む vol.1
終電まで飲むことはある。しかし、終点で飲むことはあまりない。正確には終着駅。「線路は続くよ、どこまでも」と歌われるが、その先に線路が続かない終着駅に注目したい。最終到達地という達成感と行き止まりという閉塞感を併せ持っているのだ。今回は執着駅の居酒屋でお酒を飲むというだけの連載。全3回、アポなしノープランの出たとこ勝負です。
終着駅には郷愁がある。その郷愁を肴にお酒をいただこうという短期連載が始まった。
トップバッターに選んだのは、あきる野市の武蔵五日市駅。都心近くにも終着駅はあるが、初回ということで旅情を優先させたい。つまり、そこそこ遠い。
中央線に乗り、立川駅で青梅線に乗り換える。ここから先はドア横のボタンを押してドアを開閉するシステムだ。さらに、拝島駅で五日市線に乗り換えた。
武蔵五日市駅に着いた時には一車両に4、5人程度にまで減った。「次は終点、武蔵五日市、武蔵五日市」。これだ、このアナウンスを聞きたかったのだ。
外に出ると全方位から降るような虫の声。まだ18時前だが、日もずいぶん短くなった。駅前をぐるっと見渡す。車の交通量は多いものの、飲食店らしき店は2軒しか目に入らない。
ひと通り歩いて候補はやはり駅前の2軒に絞られた。
「やきとり 柴さん」。ちらっと店内を覗くと、18時というのに常連さんらしき方々が盛り上がっていた。いい意味で胸騒ぎがする。
カウンター席に座って、さっそくホッピーセット(500円)を注文した。
ホッピーのナカは鏡月。盛りが多いのは名店の証だ。さらに、砂肝(130円)と豚タン(110円)もオーダー。
よし、記事で店を紹介させてほしい旨をマスターに伝えよう。すると、「あ、いいですよ」と快諾。常連の皆さんも「オーシャンズっていうの? へえ、面白いじゃん」と盛り上がってくれている。
「スナックなら、ここから3駅戻った秋川にある『花宴』って店がいいよ。帰りに寄ってみな。この近くにもお婆ちゃんがやってるカラオケスナックがあるけど、そこはまあ行かなくていい(笑)」
マスターにも話を聞いた。
「もともと、うちの両親が国立で同じ名前の居酒屋を50年ぐらいやってまして。当時、僕は立川の高島屋で働きながら居酒屋も手伝ってたんです。それで、2人とも亡くなったタイミングで、親がこっちに家を買ってたからという流れで武蔵五日市にこの店を出しました。7年ぐらい前かな」
マスターは46歳。高校時代から20年ほどメタル系のバンドをやっていたという。バンド名は「ダメだよ(笑)」と言って教えてくれなかった。
「国立のお店には会社員の人もたくさん来てましたけど、ここは駅出たらみんなすぐに帰りたいから寄りませんね。家族が車で迎えに来てたりとか。その代わり地元の常連さんに支えられています。武蔵五日市は気さくな人が多い街。知らない土地だから最初は不安でしたが、快く迎え入れてくれて本当にありがたかった」
平日は17時ぐらいから営業。土日は登山客が立ち寄るため、もう少し早く開ける。そう、この駅は様々な登山コースの起点なのだ。
ここで、隣で飲んでいた登山客に「あなたも山に登りに来たの?」と聞かれた。半袖半ズボンでそれはないだろうと思いつつ、企画の趣旨を説明すると「ああ、じゃあ鉄道マニアか」。「いえ、お酒マニアなんです」と答えておいた。
ほどなくして彼は、「暗くなったからそろそろ行こうかな」と呟いた。登山客の朝は早い。暗くなったから飲むのではない。暗くなったから帰るのだ。
マスターいわく、「登山の際に必ず寄ってくれる人も多いですよ。名前はわからないけど、顔はみんな覚えてる」。
しかし、名店ゆえか客層が濃い。続いて店に入って来たのはちょっとやんちゃそうなお兄さんたち。実際はいい人だったのだが、彼らと話していると何かの流れで「俺ら、生まれも育ちも五日市で元暴走族仲間なんですよ。鳳凰っていうグループで俺が13代目、彼が14代目」とすごい球を投げてきた。OK、乾杯しましょう。
先輩が言う。
「俺はやさしい先輩として有名ですよ(笑)。乗ってたバイク? ヤマハのXJ。今でも家にあります。そういえば、こないだ『水無月祓い』っていう祭りがあって、仲間の前で『俺、駅の交番の前でブンブンふかしてやるから。この歳になればお巡りさんも許してくれるでしょ』って宣言したんだけど、当日になったら酔っ払って忘れちゃった(笑)」
客同士の会話は「いなの祭り」の話に移った。あとで調べたら数日後に伊奈地区で行われる「正一位岩走神社例大祭」のことらしい。祭りが街の結束力を高めているのだろう。
お勘定を頼んだお爺ちゃんが財布からジャラジャラと大量の小銭を出した。何事かと思いきや、「店の小銭が足りなくならないように気を遣ってくれてるんです」とマスター。
さて、武蔵五日市を十分に満喫したところで、こちらもお勘定をしよう。常連の皆さんにお礼を言って、マスターの名前も知らないまま店を出た。
取材・文/石原たきび