レモンサワーという名の愉悦 vol.4
大人になった今だからこそ、味わうことができる愉悦。ウェブオーシャンズではこれまで、スナック、ホッピーをテーマに、その奥深い嗜みのノウハウを紹介してきた。そして今回のテーマは「レモンサワー」である。どこの店にでもあるが、そのシンプルさゆえに嗜みの奥深さは計り知れない。全6回でレモンサワーの魅力の真髄に迫ります。
「レモンサワーという名の愉悦」を最初から読む連載4回目の案内人は現代美術家の松田修さん(38歳)。1杯目はビールが多いが、それ以降はひたすらレモンサワーを飲むというストイックな“レサワ求道者”だ。
そんな彼に連れられて行ったのは、西荻窪の駅前にある「炭焼やきとん酒場 旨い道」。
1杯目の生ビールを速やかに飲み干した松田さん。次に注文したのはもちろんレモンサワー。
「これがね、ほんっとに美味いんですよ。しかも、フォトジェニックでしょ」
メニューには「名物レモンサワー」とある。ひときわ大きい文字からも、この店の看板ドリンクだとわかった。
ひと口飲むと、思った以上にレモンの酸味がガツンとくる。しかし、ほのかにやさしい甘さもある奥深い味だ。
「そう、そのやさしさがあるから何杯でもいけちゃう。ある意味、危険な飲み物ですよ」
店長に聞くと、焼酎はサッポロの業務用。「キンミヤを含めていろいろ試しましたが、そんなに味は変わらない。だったら、原価を抑えてお客さんに安く飲んでもらおうと思って」とのこと。
レモンは注文が入ってから輪切りにするというこだわりぶりで、ほのかにやさしい甘さは「秘密のシロップをちょっぴり入れている」からだそうだ。
ここで松田さんのことを簡単にご紹介すると、出身は兵庫県の尼崎。尼崎工業高校を卒業後、東京芸術大学に進学したという一風変わった経歴を持つ。どんな環境で育ったのだろうか
「実家はスナックなんですよ。7人ぐらいで満席になる小さい店なのに店名は『太平洋』。ドアを開けて『ちっちぇえ太平洋やな』っていうのがお約束の常連ジョークでした(笑)」
お母さんはスナックの経営で松田さんを含む男の子3兄弟を育ててくれたという。お父さんは事情があっていないんだなと思っていたら、「オトン? いましたけど尼崎にはよくいる一切働かない人でした」。おっと……。
ちなみに、「レモンサワーにはやっぱりこれ」と言って松田さんが頼んだのが「鶏皮せんべい」(380円)。
しかし、天下の東京芸大に入るぐらいだから、さぞやアーティスティックな子どもだったんだろう。
「人んちの庭に忍び込んで、お婆ちゃんのシュミーズを盗んだりしてました」
えっと、それ、目的は何ですか……?
「悪いことと正しいことの区別もなく、オモロいかなと思って」
ここで気まずい空気を和らげるかのように、グラスとレモンはそのままの「替え玉」が運ばれてきた。2杯目からはマドラーでレモンを潰しながら飲む。
「最近の若者は酒を飲まないなんて言われてますけど、それは俺ら年上の人がオモロないからいっしょに飲みたくないだけですよね」
なるほど、我々は若者がいっしょに飲みたいと思えるようなオッサンになれているだろうか。
「オモロいかなと思って」という理由も何となく合点がいった。そして、もちろん今はお婆ちゃんのシュミーズを盗んだりはせず、作品を作ったり、神保町の美学校で授業をしたり、レモンサワーを飲んだりといった日々を送っている。
最後にお約束の質問を。松田さんにとってレモンサワーとは何ですか?
「うーん、お婆ちゃんのシュミーズかな。オモロいからレモンサワーを巡る旅は一向に飽きないんですよ」
現代美術家ならではの回答をありがとうございました。こちらもレモンサワーを巡る旅をもう少し続けるとしよう。
取材・文/石原たきび
【関連情報】松田修展「みんなほんとはわかってる」開催中(2017年7月15日〜 8月12日)
photo by Yoshimitsu Umekawa