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2020.07.20

時計

人前に出るときの「ムーンフェイズウォッチ」。時計に背中を押された男の物語

「腕時計と男の物語」とは……

すべてをさらけ出す太陽よりも、優しく包み込む月のように

「カメラを見て、にっこりと微笑んでください」。それでも表情は硬く、ぎこちない。
フォトグラファー泣かせの被写体は、フラッシュの眩しさにますます目つきが悪くなる。設計を手掛けた住宅が著名な建築賞を受賞し、取材を受けるこの晴れ舞台も、どうにも場違いな印象が拭えない。これまでそんな光の下を歩いてきたわけではなかったからだ。
設計事務所のアシスタントを経て、独立。しかし控えめな作風からいくつものコンペに応募しても連敗し、同世代の建築家が活躍する中、その輝きに目を背けていた。
だがそんなうつむく日々、再び顔を上げた先にあったのが満月だった。煌々とした美しさに思わず目を奪われたのだ。
今回の受賞を記念して手に入れたハリー・ウィンストンの「HW ミッドナイト・デイト ムーンフェイズ オートマティック 42mm  」だ。
眩い太陽の光はすべてをさらけ出すが、月の明るさは優しく包み込み、変わる姿も心和ませる。そんな月に刺激を受け、静謐に広がる宇宙とつながり、自然のサイクルをより身近に感じられることを目指した設計が評価されたのだった。
インタビュアーの質問に答えながら、そっと腕元を見る。実はそこにも月がある。今回の受賞を記念して手に入れたハリー・ウィンストンの「HW ミッドナイト・デイト ムーンフェイズ オートマティック 42mm」だ。
さすがに建築現場に行くときは、タフに使えるデジタル時計や機能重視のスマートウォッチを身に着けるが、今日のように人前に出るときはこの勝負時計の出番だ。
勇気を与えてくれるのが、粗いブルーのテクスチャーに浮かび上がった月。ワントーンのシルバーダイヤルに唯一存在感を際立たせ、秒針さえも省いたミニマルなデザインに、自分だけの時を刻んでいることを感じる。どんな喧騒や緊張のなかでもこれを見るたび、心を落ち着かせることができるのだ。
天体の軌跡を思わせる、連なった円のバランスも完璧だ。2つのダイヤルは、時分とカレンダーを示し、いずれもセンターからオフセットしているが、それも主流から外れた自分に相応しいだろう。
「最後にこの先目指すものは何ですか」。インタビュアーがたずねた。「そうですね。ささやかではあっても誰もが持つ、自分だけの一番星のような建築でしょうか」。
ちょっとカッコつけすぎたかな。照れ隠しに目を落とした時計には、一粒の小さなダイヤモンドが星のように煌めいていた。そして今日が満月だったことに気付いた。


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