37.5歳の人生スナップ Vol.146
2021.02.11
LIFE STYLE

「2030年、ガーナにリサイクル工場をつくりたい」美術家・長坂真護がアートで描く夢

「37.5歳の人生スナップ」とは……

美術家として活躍する長坂真護さんの人生スナップ、前編では波乱万丈な20代を振り返った。

歌舞伎町ホスト、アパレル会社の起業と倒産を経て、24歳から始めた絵描き人生は、チャンスもあったが決して楽なものではなかった。

30代前半には、独学で学んできた表現が評価され、アーティストとして知られるように。しかし、これまで憧れていた「売れる」という状況に違和感を抱くようになる。

そして、今後の人生を考え抜いた末に浮かんだ答えが「人のために生きる」ということだった。

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人生最大の転機となったガーナのスラム訪問

「それまで、“子供が好きだから保育士になる”とか、“ボランティアで人の役に立つ”とか、そういう考えって僕の中ではちょっと恥ずかしいというか、格好悪い世界だったんですよ。でも自分の自我を実現することに興味がなくなったとき、ふと『人のために』っていう気持ちになって」。

そして、ある経営者と待ち合わせた際にたまたま手にした雑誌「フォーブス」で、ゴミの山に囲まれたスラムに生きる子供たちの写真を目にしたことが長坂さんの心に火をつけた。

「なぜこんなことに?」「この子供たちはどうなる?」と調べていくうちに、どんどん気になっていった。そんななか、ガーナにゴミの投棄で深刻な問題を抱えたスラムがあることを知り、行ってみようと思い立つ。

「お金もちょうど足りるくらいあって。渡航禁止のエリアだったけど、刺されてもいいやくらいの気持ちでした。今思えば、普通の精神状態じゃなかった。でも、行かなきゃと思ったんです」。

そして2017年6月、長坂さんは単身ガーナのアグボクブロシーを訪れた。世界最大級の電子機器の墓場と呼ばれるスラムだ。

そこで彼が現地で目にしたのは、「知らなきゃよかったとも思った」というくらい、過酷な現実だった。

©HIDEYO FUKUDA

現地の人々は、先進国の人間が出した電子ゴミを燃やして金属を取り出し、それを売ることで生活している。ゴミを燃やしたときに発生する有毒ガスは体を蝕み、癌を患って亡くなる人が多いという。

「帰る前の日に現地の人に『また来るか?』って聞かれたんです。自分の中では半分『二度と来ない』と思ってたんだけど一応『来る』って答えたら、『次来るときに君のそのマスクが欲しい』って言われたんです。

俺、防ガスマスクを着けてたんですよ。『自分はまだ死にたくないから、次に来るときにはそのマスクを持ってきてほしい』って」。

分かった、と答えて帰国した長坂さんだったが再訪するかどうか決めかねていた。しかし、帰国後に入っていた仕事のスポンサーが、なんとそのマスクのメーカーだったというミラクルがあり、防ガスマスクを200個提供してもらえることになったのだ。

しかも、その仕事のギャラは、渡航費を賄うことのできる金額だった。

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日ごとに募る「救いたい」という思い

「再訪するために必要なものが手に入っちゃって『神様、これは行けってこと!?』って感じて、マスクを持ってすぐにガーナへ行ったんですよ。そしたら『本当に持ってきた!』ってすごい喜んでくれて。

いろいろな話をしているうちに、スラムの人たちの暮らしを変えるために、ここにあるゴミを資源に変えられるリサイクル工場を作ろう、という話になったんです」。

しかし帰国後、彼らを救いたいという思いが募る一方で、「自分がそれをやるのか?」「そもそも実現できるのか?」と不安も膨らんだ。

知り合いに相談したら、「そういう支援活動は一回始めたら一生続けなくてはならなくなるものだ、その覚悟はあるか」とも言われた。

「これまでの自分は何もかも中途半端で飽きっぽかったのに、彼らのことは頭から離れなかった。その一方で、世の中はクリスマスシーズン。自分もクリスマスツリーのデザインの仕事があったんですよ。

たまたま、自分の作ったクリスマスツリーを12月25日の夜中に見に行ったんですけど、夜中の0時過ぎたら解体業者が現れて、あっという間にクリスマスツリーはゴミになっちゃって」。

そのとき、あのアグボクブロシーのゴミ山の風景が浮かんだ。

アトリエにはガーナから送られてきた画材(=ゴミ)も山のようにある。

「ガーナを救うとか言って、結局きれいごとじゃん、自分のやってることもその一端だったんだ、という事実を目の当たりにしたわけですよ」。

ガツンと頭を殴られたような思いで家に帰った長坂さんは、悶々とした時間を過ごした。

「何やってんだろう、俺、資本主義を否定するようなことを考えながら自分も資本主義のど真ん中みたいなことやってんじゃん……って。なんかでもね、すっごい落ち込んだそのとき、いちばん底に当たった音がしたんですよ。

それで俺、やっぱりガーナ救うって決めたんです」。

それから1週間後、自分の気持ちがまったく変わっていないことを確信した長坂さんは、SNSで自分の決意を宣言した。しかし、救うにも自分にはお金がない。できるのは絵を描くことだけ。

ならばこのアグボクブロシーのゴミを画材にして絵を描いてみよう。そうやって生まれたのが、ゴミと油絵具で描かれたあの作品群だった。

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アートは人々を苦しみから救うことができるのか

そして「アートでガーナを救う」宣言から約3カ月後の2018年3月、廃棄物を使って描いた油絵作品を30〜40点用意して展覧会を開催した。ここで、ある作品に1500万円の値がついた。

「それまでは自分の作品って高くても60〜100万円で、だいたいは数万円〜10万円でした。それがいきなりトップアーティストと同じような値段がついてびっくりしちゃって。

最終的にそのコレクターの方はほかの作品も含めて2500万円で買ってくれたんです。思わず『なんでですか?』って聞いたら、『君は本物のアーティストだから。アートって人を救うためにあるから』って言ってくれて」。

これはただの幸運な出会いなのか、あるいはその人の言うように本物のアートとして作品が認められたのか、にわかには自信が持てなかったと長坂さんは言う。

あるいは急にそんな大金を手にして自分が変わってしまうんじゃないかという不安も自分の中にあった。

しかし、長坂さんは一心不乱に作り続け、彼の作品は売れ続けた。2018年の売り上げは5000万円、2019年は1億5000万円、そして2020年は3億円となった。その間に、アグボクブロシーには完全無料の学校とアートギャラリーができた。

「目標は2030年にリサイクル工場を作ること。ここでゴミを資源化してリサイクル材料として輸出する。今まで僕が絵を描くことで減らせたゴミは500kgですが、リサイクル工場ができれば月に100トンのゴミを減らすことができる」。

長坂さんは、アグボクブロシーの人たちが自分の力を引き出してくれたと言う。そして、その力で生み出したアートで得た利益を彼らに還元する「サステイナブル・キャピタリズム」を実践している。

たまたま手にした雑誌に載っていた写真との出会いに始まるこの展開は、長坂さん曰く「神様の脚本」だ。

「今では“自分が生まれた使命ここにあり”って思っています。目標まではまだまだだし、不安はある。でも悩んでいる暇はない」。

アグボクブロシーはもともとは美しい湿地帯だったという。その姿を取り戻し、子供たちの健やかな未来を作るべく、ゴミの山を宝の山に変える長坂さんの挑戦は、これからも続いていく。

 

美術家・長坂真護さんがクラウドファンディングを実施中!

彼の活動を追ったドキュメンタリー映画『Still A Black Star』(カーン・コンウィザー監督)の公開を実現するための費用をクラウドファンディングで募っている。締め切りは2月14日(日)。

長坂真護(ながさかまご)●1984年福井県生まれ。文化服装学院卒業後、歌舞伎町のホストを経てアパレル会社を設立。しかし1年で倒産し、路上の絵描きに。2010年に史上最年少でサマーソニックのアート部門「ソニックアート」に出場。また、アカデミー賞の前夜祭「2017 Oscar VIP Gift Lounge」に出展し、日本人初となるライブペインティングを披露し注目を浴びる。2017年にガーナのスラム街アグボクブロシーを訪れたのを機に、不法投棄された廃棄物を使った作品を制作・販売する。2018年〜2019年にかけて、現地に学校とギャラリーを設立。「サステイナブル・キャピタリズム」を掲げ、アート活動と経済活動、そしてガーナの社会問題解決のための活動を同時に展開している。

「37.5歳の人生スナップ」とは……
もうすぐ人生の折り返し地点、自分なりに踠いて生き抜いてきた。しかし、このままでいいのかと立ち止まりたくなることもある。この連載は、ユニークなライフスタイルを選んだ、男たちを描くルポルタージュ。鬱屈した思いを抱えているなら、彼らの生活・考えを覗いてみてほしい。生き方のヒントが見つかるはずだ。上に戻る

川瀬佐千子=取材・文 中山文子=写真

# 37.5歳の人生スナップ# アート
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