37.5歳の人生スナップ Vol.144
2021.01.17
LIFE STYLE

作業療法士から飲食店オーナーに。決心の果てに見つけた「自分にしかできないこと」

「37.5歳の人生スナップ」とは…… 

身体や精神に障害を抱える人が障害を抱えたままでも楽しめる社会を作る「環境整備」の観点でQOLの向上に貢献したい──。

そんな思いで堀木慎太郎さんが作業療法士から飲食店オーナーに転身した経緯を伺った前半

車椅子ユーザーにも優しいバリアフリー仕様のビアバー「BEER WARS TOKYO(ビアウォーズトーキョー)」をオープンしたが、店ひとつだけでは世の中は変えられない。

試行錯誤の末、堀木さんがたどり着いた理想的な「環境整備」のあり方とは?

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必要なのは“設備のバリアフリー”ではなく“心のバリアフリー”

実はビアバーを始めて2年目の時点で、堀木さんは「環境整備」、特に飲食店のバリアフリー化について、ひとつの結論に達していた。

「自分で店をやってみた結果、個人の飲食店にバリアフリー仕様のトイレは必要ないな、と。もちろんあるに越したことはないし、自分の店のトイレはそうしますよ。ただ、一般論として、店の利益率や回転率を考えると、個人店がバリアフリー仕様のトイレを導入するのはハードルが高い。

それならば、近くのコンビニや公園のトイレを使ってもらえばいい。車椅子の人が来ても、店にトイレがないからといって『だめなんです』と断るのではなく、『車椅子用のトイレはないけど、5分移動した先の公園に車椅子用のトイレがあります』と言ってあげればいいじゃんって」。

「環境整備」といえばハード面の問題だと思われがちだが、本当に必要なのは“設備のバリアフリー”ではなく“心のバリアフリー”なんです、と堀木さんは言う。

「無理に設備投資をするのではなく、設備はないけれど来てくださいねという気持ちを持つ。そのためには車椅子用のトイレが街のどこにあるかを知っていなくちゃいけないんだけど、そういった情報ってまったく共有されていないんです。

ひとりでも多くの人が認識すれば、障害を持った人ももうちょっと暮らしやすい社会になるんじゃないかって」。

そこで飲食関係者を対象に、車椅子ユーザーの来店時対応の講座を開催するなど、“心のバリアフリー”を浸透させるための活動を始めた。

そして、ビアバーをオープンして4年目の夏、堀木さんに大きな転機が訪れた。

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「誰ひとり排除しない」という環境整備

「環境整備」の次のステップについて考えていたある日、現在のビジネスパートナーと出会った。

日本有数の観光地である浅草に、新しい店をつくる。次の店ではクラフトビールではなく、どぶろくを提供する。話をしているうちに、アイデアがどんどん膨らんでいった。

「その頃、クラフトビールやクラフトジンのマイクロブルワリーがあちこちに誕生していましたが、どぶろくのマイクロブルワリーは都内に2軒しかなかった。それなら醸造所を備えて、自分たちで酒を造れば面白いよね、ということになって」。

オールライトに併設されたどぶろく作りの醸造所。
オールライトに併設されたどぶろく作りの醸造所。

日本酒を製造するには清酒製造免許が必要になるが、新規参入者が清酒の免許を取得するのは難しい。しかし、米や米こうじを発酵させた酒を「濾過しない」どぶろくは、酒税法上「その他の醸造酒」に分類され、こちらは比較的免許を取りやすい。

酒造りに関しては、秋田の新政酒造で働いていた若手ながら実力のある蔵人に一任することにした。「若い人の挑戦をバックアップできる場所にしたい」という狙いもあったという。

そんなふうに店のコンセプトや酒造りについて熱く語ってくれる堀木さんだが、「環境整備」はどうなったのだろうか。

「もちろん次の店もバリアフリー仕様にしようと決めていました。だけど、べつに車椅子の人に向かって『来てくださいね』って特別にアピールするつもりはなかったんですよ。

目指すのは、旨い酒が飲めて、おいしい料理が食べられて、かつ酒造りも見れますよ、という空間。あらゆる人に開放されていて、車椅子の人を含めて、誰ひとり排除しない。自分の考える理想的な『環境整備』のあり方ってそういうことなんじゃないかと」。

新しい店を構想している最中、堀木さんには頭のなかで思い描く理想の光景があった。

「当時は、東京五輪まであと2年というタイミング。オリンピックやパラリンピックを見に世界中からやってきた老若男女が、国籍や障害の有無に関わらず、みんな一緒になって楽しい時間を過ごしている。そんな光景が見れたら、いつ死んでもいいやと思っていたくらい(笑)」。

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すべての原点は、子供時代の思い出

そんなコンセプトのもと、2019年11月にオープンしたのが「ALLWRIGHT -sake place-(オールライト)」だ。それにともない「ビアウォーズトーキョー」は2019年9月にクローズした。

オールライトの開店から7カ月経った2020年6月には、無事に「その他の醸造酒免許」を取得し、併設のマイクロブルワリー「木花之醸造所」が醸造を開始。満を持して、自家製のどぶろく「ハナグモリ」を世に送り出した。

酒造りを司るとされる木花咲耶姫(コノハナノサクヤヒメ)
ボトルのデザインのモチーフは、酒造りを司るとされる木花咲耶姫(コノハナノサクヤヒメ)。現在、都内にある7カ所の酒店で販売されている。

ただ、残念ながら2020年夏の東京五輪は延期された。堀木さんが夢見た光景はしばらくおあずけとなったが、その間にも本人はまた新しいビジョンを思い描き、動き出している。

「実は2020年の2月くらいから、昼間の空き時間を使ってリハビリの仕事に復帰したんです。対象は、自閉症や発達障害の子供たち。遊びや活動を通して彼らの抱えている問題を把握し、適切な対応方法の検討をするなどして自立支援をサポートしています」。

なんと、作業療法士の仕事も始めたのだという。でも、なぜ今復帰したのだろうか。

「子供のケアに関わりたいという気持ちは昔からずっとあったんです。作業療法士時代に高齢者のリハビリをして気づいたのは、どんなに長生きしている人でも、障害がなくても、自分の人生に不満ばっかり言う人も少なくないということ。

逆に、若くして病気になってしまっても、障害があっても、周囲の環境や人との関係性次第で幸せな人生が送れる。そのために、もし子供の時点で問題を抱えている子がいたら、なんとかして助けてあげたい。作業療法士がプロとして関わっていくべきだと思っていて。

ずっとやりたいと思っていたことだけれど、飲食店が軌道に乗り、自分が40歳になったのをきっかけに始めた感じですかね」。

ものづくりを通じたリハビリで困っている人を助けたくて作業療法士になり、車椅子の人が行ける場所を増やすために飲食店のオーナーになった堀木さん。

彼にとっては、作業療法士も飲食も、やりたいことをやるための手段にすぎない。その信念を支えるのは、子供の頃に一緒にバスケをした障害児や、全盲だった祖母との思い出だ。

原点に立ち返った今、40代の10年は子供のケアに注力していくつもりだという。

「とはいえ、これまでもやる気を出して突き進むというより、やりたいことの画を描いたら、あとは自然に身を任せて、流れに逆らわずにやってきただけなので。

今後も作業療法士とか飲食店オーナーといった肩書にはこだわらず、自分にしかできないことをやっていくつもりです」。

 

堀木慎太郎(ほりきしんたろう)●1980年、東京都生まれ。高校卒業後、リハビリの専門学校に進学し、作業療法士の国家資格を取得。病院や老人保健施設で身体や精神に障害のある人のサポートに従事し、32歳で退職。3年間飲食店で勤務したのち、2015年、東京・馬喰横山にクラフトビールと炭火焼き料理の店「BEER WARS TOKYO」をオープン。2019年には浅草に「ALLWRIGHT -sake place-」および併設のマイクロブルワリー「木花之醸造所」をオープンした。

「37.5歳の人生スナップ」
もうすぐ人生の折り返し地点、自分なりに踠いて生き抜いてきた。しかし、このままでいいのかと立ち止まりたくなることもある。この連載は、ユニークなライフスタイルを選んだ、男たちを描くルポルタージュ。鬱屈した思いを抱えているなら、彼らの生活・考えを覗いてみてほしい。生き方のヒントが見つかるはずだ。上に戻る

岸良ゆか=取材・文 中山文子=写真

# 37.5歳の人生スナップ# バリアフリー# 作業療法士
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