37.5歳の人生スナップ Vol.137
2020.12.05
LIFE STYLE

貯金なし、仕事なし、妻子あり。36歳で岐路に立ったマシンガンズ・滝沢秀一の選択

「37.5歳の人生スナップ」とは…… 

「持続可能な開発目標(SDGs)」が注目され、環境問題への意識がこれまでになく高まる昨今。

日本でも行政や企業がさまざまな取り組みを行うなか、“ごみ清掃員・ごみ研究家”というユニークな肩書きでこの問題に一石を投じる男がいる。お笑いコンビ・マシンガンズの滝沢秀一さんだ。

芸人として活動する傍ら、8年前にごみ清掃員の仕事を始めた。「生計を立てるため」に我慢してやっていたはずの仕事がいつの間にか楽しくなり、ごみ清掃員の日常をツイッターで発信していたら書籍になった。そして、2020年秋には、環境省によって「サステナビリティ広報大使」に任命された。

彼は現在もお笑い芸人であると同時に、ごみ清掃員でもある。転身とも、二足のわらじとも少し違う謎のキャリアを紐解いて見えてきたのは、“持続可能な”生き方の秘訣だった。

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“M-1芸人”から“エンタ芸人”へ

22年前、マシンガンズとして初めて立った舞台のことはよく覚えているという。場所は、かつて渋谷にあったお笑い専門の劇場「シアターD」。複数の芸人が参加する、トーナメント制のコンテストだった。

「お客さんは100人くらいだったかなあ。初舞台なのにめちゃくちゃウケたんですよ。1本目のネタも2本目のネタも会場が揺れるくらいウケて、決勝まで進んで。決勝で負けちゃったものの、それでもウケた。その後も下積み時代が長くて、3回に2回はスベる、みたいな日々でしたけど、あのときの経験があったから芸人を続けられたんだと思います」。

マシンガンズの漫才の特徴として知られるのは、ボケのないダブル・ツッコミ。滝沢さんと相方の西堀 亮さんが、まくしたてるような毒舌のツッコミをお互いに被せていく。

写真提供:滝沢秀一

5年におよぶ下積み生活で試行錯誤を重ねてそのスタイルを確立すると、徐々に結果が出るようになった。

2007年の『M-1グランプリ』で準決勝へ進出。さらに、当時人気を博していた『エンタの神様』や『爆笑レッドカーペット』などのテレビ番組にも出演するようになり、マシンガンズは全国区の知名度を獲得する。

「テレビによく出ていた時期はけっこう忙しくさせてもらってました。何がうれしいって、テレビで名前が売れると、各地のお祭りやイベントでネタを披露する、いわゆる“営業”と呼ばれる仕事が増えるんです」。

メディアでの露出が増えた結果、全国で行われる祭りや学校の文化祭から声が掛かるようになり、ピーク時は営業の仕事だけで月に20本。それに加えて、テレビや舞台の仕事もこなした。

「そうすると、収入的にもウハウハなわけです。俺らはテレビに出るまでほとんどお金をもらえなかったので、特に。31歳でテレビに出るようになって、そんな生活が数年間続きました」。

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36歳、妻の妊娠で人生の岐路に立つ

けれど、どんなブームも流行も、いつかは幕を引く。2010年になり、『エンタの神様』と『爆笑レッドカーペット』が相次いでレギュラー放送を終了すると、両番組に端を発するお笑いブームにも翳りが見え始めた。滝沢さんは36歳になっていた。

「『エンタの神様』や『爆笑レッドカーペット』が終わったといっても、すぐに仕事がゼロになるわけじゃないんですね。営業の数が少しずつ、でも確実に減っていく。真綿で首を絞められるような感じというか。自分でも『このままではヤバい』とわかっているくせに、気付かないふりをするんです。なんとかなるだろう、と」。

わずかばかりの貯金ももうすぐ底をつく。それを知りつつ何もできずにいたある日、現実と向き合わざるをえない出来事が起こった。妻が妊娠したのだ。

待望の子供が生まれる。喜ばしいことではあるが、まとまった額の出産費用が必要なのに加え、家族が増えると生活費もかさむ。妻に「今後は毎月22万5000円は必ず家に入れなさい」と言われた滝沢さんは、「わかりました」と即答。バイトを探し始めたものの、思わぬ壁にぶち当たることになる。

「ネックは自分の年齢でした。36歳の人間が簡単に就職することはできないって、それくらい俺でもわかりますよ。でもバイトはすぐに見つかるだろうと思ってたら、甘かった。電話で問い合わせた時点で年齢を理由に断られるんです」。

カラオケ、飲食店、ベーカリー……9社ほどに電話したが、全滅。店にとってよかれと思い、芸人の仕事との掛け持ちになることを事前に伝えたのも仇となった。

「まあ、俺が店長の立場なら、自分より年上のおっさんで、しかも定期的に休むとわかっている面倒臭いやつなんか雇いたくない。それは理解できるんだけど、36歳で気付いても手遅れだから。この事実は義務教育で教えたほうがいいですね。36になったらバイトもねーぞって(笑)」。

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ごみ清掃員・滝沢秀一の誕生

どうしてもバイトが見つからない──追い込まれた末に頼ったのは、お笑いを辞めた昔の仲間だった。

「すでにお笑いを辞めているやつなら、何かしらの仕事をしてるだろう。そう考えて久しぶりにかつての同期に『今何やってるの?』と電話したら、『ごみ清掃員』と答えたんです。『その仕事、俺でもやれる?』と聞くと、『やれる、明日から来てもいいよ』と言う。『えっ、ホントに? いいの?』って、そんな感じで決まりました」。

ごみ清掃員・滝沢秀一が誕生した瞬間である。

ただし、このときの彼にとって、ごみ清掃の仕事はあくまでも副業。いつかまたお笑いだけで食べられるようになるまでの“つなぎ”であり、“腰かけ”にすぎなかった。

 

後編に続く

プロフィール
滝沢秀一(たきざわしゅういち)●1976年、東京都生まれ。太田プロダクション所属。東京成徳大学在学中の1998年、カルチャースクールで出会った西堀亮とお笑いコンビ「マシンガンズ」を結成。「THE MANZAI」で認定漫才師に選ばれるなどコンビとしての実績をあげつつ、2012年、ごみ収集会社で常勤を始める。2014年に『かごめかごめ』(双葉社)で小説家デビュー。2018年、エッセイ『このゴミは収集できません』(白夜書房)を上梓したあと、漫画『ゴミ清掃員の日常 ミライ編」(講談社)、絵本『ゴミはボクらのたからもの』(幻冬舎)を立て続けに出版。最新刊は『やっぱり、このゴミは収集できません』(白夜書房)。

「37.5歳の人生スナップ」
もうすぐ人生の折り返し地点、自分なりに踠いて生き抜いてきた。しかし、このままでいいのかと立ち止まりたくなることもある。この連載は、ユニークなライフスタイルを選んだ、男たちを描くルポルタージュ。鬱屈した思いを抱えているなら、彼らの生活・考えを覗いてみてほしい。生き方のヒントが見つかるはずだ。上に戻る

岸良ゆか=取材・文 赤澤昂宥=写真

# 37.5歳の人生スナップ# ゴミ清掃員# 芸人
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