37.5歳の人生スナップ Vol.135
2020.11.07
LIFE STYLE

秘書から政治家、そして起業家へ。ポケマル高橋博之が「誰にも相談せず」決意したこと

高橋さんが、42歳の時に立ち上げた「ポケットマルシェ」は、生産者と消費者を直接つなぐオンラインマーケットだ。

「37.5歳の人生スナップ」とは…… 

「旅行」は目的地があってそこを目指して行くこと。「旅」はその時々の出会いで行き先が変わること。高橋博之さんの20代は「旅行」みたいな生き方だったという。

「目標があってそこに向かっていたけど、全然うまくいかなかったんですよね。人生まったく思い通りにいかない。それで、“今”の自分が置かれた環境で、思ったこと、やれることを全力でやろうっていう考え方に変えたら、人生の歯車が前に進み始めた。

行く先々でいろいろな出会いがあり、方向転換し、思いもよらないところにたどり着く。事業をやっていくってそういう旅みたいな生き方なんだと思います」。

高橋さんが42歳のときに立ち上げた「ポケットマルシェ」は、生産者と消費者を直接つなぐオンラインマーケットだ。

世なおしとしての、食なおし

現在、3500名以上の農家や漁師が登録しており、生産にまつわるストーリーとともに、それぞれが作る食べ物が並んでいる。コロナ禍で自宅で食事をする機会が増えるなか、ユーザー数は2020年の春と秋で比較すると4.5倍増の約23万人になった。

「スーパーで並んでいるものは安いほうを選んじゃうとしても、顔の見える生産者さんがどんなふうに作ったかを知ると、『高い!』とは思わない。ポケットマルシェはただの産直サイトではなく、生産者と消費者のつながりを深めることを目指しています。生産者と消費者をつなぐSNSなんです」。

例えば漁師は魚を売るだけでなく、さばき方や調理法を消費者に発信し、買った人からは「やってみた!」「おいしかった!」と報告が漁師に届く。

あるいは今年の出来具合を報告しながら消費者に値付けの相談をしたりする果物農家もいるそうだ。

(c)ポケットマルシェ
(c)ポケットマルシェ

「そうやって生産者と消費者がつながることで、地方が抱える課題と都市が抱える課題っていっぺんに解決できると思っています。世なおしは、食なおし、なんです」

高橋さんの中に、いつどうやってこの思想が生まれたのか、その人生を紐解いてみた。

NEXT PAGE /

東京の大学を出て新聞記者になるはずだったけど……

高橋さんは岩手県花巻市出身。自然豊かで米作りが盛んな地域だ。

「でも僕は街中の普通の住宅街育ちなので、農業には全然触れないで育ちました。父方の祖父が農家でしたが、自分が農業に関わる仕事をするなんてまったく考えていなかった。田舎から出て東京の大学行って、会社入って……みたいな価値観で育ったわけです」。

一浪して青山学院大学へ進学し、学生時代は本人曰く「自分探しに没頭、大学2年は3回やりました」。その中で見つけたのが報道ジャーナリストへの夢だった。

「大学時代にアルバイトでテレビのニュース番組のADをやっていたのがきっかけ。書くことが好きだったので新聞記者を目指そうと思ったんですね」。

そして新聞社の入社試験にチャレンジするも時は就職氷河期。大学卒業後も就活を継続しながら大学の先輩にあたる国会議員の秘書を始めた。

「政治の世界に興味があったわけじゃないんです。面接で社会経験を聞かれるので、そのときに議員の秘書をやっているって言えるな、という不埒な動機でした(笑)」。

高橋さんが、42歳の時に立ち上げた「ポケットマルシェ」は、生産者と消費者を直接つなぐオンラインマーケットだ。

そうして続けた秘書&就活生活は3年以上。受けた入社試験の数は100回以上。それでも、新聞記者という夢が実現する気配がない。そんな中で、大きな転機となる出会いが訪れた。

「28歳のときに、休暇の旅行で屋久島に行ったんです。2泊の予定が台風で足止めされて4泊になっちゃった。そのときに泊まっていた宿の主人が、屋久島の杉を守った人、柴 鐵生さんだったんです」。

NEXT PAGE /

このまま東京にいてもしょうがない

柴 鐵生さんは、昭和40年代に屋久島の原生林伐採の反対運動を行い、屋久島町議となって活動を展開し屋久島の自然を守った人。当時は多くの島民が山の仕事に従事し木の伐採が島の産業を支えていたため、原生林を守るという主張は受け入れられないものだった。

「柴さんは、初めは東京で学生をやりながら署名活動などしていたそうなんですが、『東京にいる人が島のことを訴えても意味がない』と言われて、大学を中退して屋久島に戻ったんです。戻ったところでなかなか耳を傾けてもらえない。それで町議会議員を目指したんだけど、やっぱり田舎の選挙って大変なんですよね、地縁血縁だから。

そんな中で柴さんはこつこつ街頭演説で自分の考えを訴えていった。そうして議員になって、島の人を説得して、やがて国を動かして……最終的に伐採を止めた。そんな武勇伝を 4日間話してくれたわけですよ、島の焼酎の『三岳』飲みながら。僕はそれを聞いて『カッケーな』って衝撃を受けたんです」。

高橋さんが、42歳の時に立ち上げた「ポケットマルシェ」は、生産者と消費者を直接つなぐオンラインマーケットだ。

ちょうど、新聞記者になるために足を踏み入れた政治の世界に興味を持ち始めていたときだった。

「柴さんの話を聞いて、このまま東京にいてもしょうがない、俺も故郷に帰って地元のための政治やろうって、そこで決めたんですよ」。

高橋さんは10年ぶりに故郷、岩手県花巻市に帰った。

「帰った次の日から、街頭演説を始めました。誰にも相談せず。相談したら絶対止められると思ったんですよ。案の定、親には『頼むから東京に帰ってくれ』と言われました(笑)。

選挙が近いわけでもないのに、街角に朝から立って喋っている人なんて田舎にいませんよ。しかも、そこを通るのは子供の頃から知ってる人ばかり。近所の人とか、同級生とか、中高の時の先生とか……本当はもう、穴があったら入りたいって感じで」。

元々、人前に立ってしゃべるのは苦手だったという。それでも、高橋さんは休日でも氷点下の日でも毎朝立ち続けた。

「退路がないっていうか、威勢良く東京に行って夢破れて帰ってきたなんて言いたくないわけですよ。だからもうやるしかなかった」。

 

後編に続く

高橋博之(たかはしひろゆき)●1974年岩手県花巻市生まれ。青山学院大学卒業。国会議員秘書を経て、2006年岩手県県議会議員補欠選挙に無所属で立候補して当選。2期勤める。2011年に岩手県知事選挙に立候補し、次点で落選。実業家に転身し、生産者と消費者を「情報」と「コミュニケーション」でつなぐ食べもの付き情報誌、「東北食べる通信」を創刊。その後「日本食べる通信リーグ」を設立し、全国各地の「食べる通信」が誕生し、グッドデザイン賞金賞(2014年度)、日本サービス大賞(地方創生大臣賞、2016年)受賞。2016年、生産者が農水産物を出品し、消費者が直接購入できる「ポケットマルシェ」をスタート。「世なおしは、食なおし。」の旗を掲げ、全国各地を行脚している。著書に『都市と地方をかきまぜる』(光文社新書)など。東日本大震災10年を前に、岩手県沿岸を再び徒歩で巡り、47都道府県を行脚する旅「REIWA47キャラバン」開催中。https://47caravan.com

「37.5歳の人生スナップ」
もうすぐ人生の折り返し地点、自分なりに踠いて生き抜いてきた。しかし、このままでいいのかと立ち止まりたくなることもある。この連載は、ユニークなライフスタイルを選んだ、男たちを描くルポルタージュ。鬱屈した思いを抱えているなら、彼らの生活・考えを覗いてみてほしい。生き方のヒントが見つかるはずだ。上に戻る

川瀬佐千子=取材・文 中山文子=写真 

# 37.5歳の人生スナップ# ポケットマルシェ# 高橋博之
更に読み込む