37.5歳の人生スナップ Vol.128
2020.08.24
LIFE STYLE

「もう大人だから、意識的に無茶したい」デザインをやめたアートディレクターが始めたこと

「37.5歳の人生スナップ」とは……

開発が進み駅前の風景は一変したが、下北沢にはそれでもなお昔から変わらない雰囲気があり、ここに暮らす人とここに集まる若者の息遣いが感じられる。そんな下北沢に、この夏、コワーキングスペース「ロバート下北沢」が誕生した。

「この街の誰かの居場所になれば」とここを作ったのは、デザイン会社SLOW代表の原 大輔さんだ。

「もともとSLOWが事務所を構えていた場所ですが、良い物件が見つかって引っ越すことになったんですよ。でも、駅からも近くて商店街の真ん中にあるこの場所が気に入っていたので、何か活用できないか、と考えたときに、人が集うパブリックスペースみたいなのを作りたかったので、コワーキングスペースが手っ取り早いな、と」。

アートディレクターとしてデザイン会社を運営しながら、なぜ新しいことを? と聞くと「そりゃ、やっぱり楽しいことをしたいからね」と原さん。

「今年50になるんですけど、これからは自分が楽しむために仕事をしたい。人に『無謀な!』『大丈夫?』って思われるようなことをしてワクワクしたい。大人になるといろんな経験値があるから、無茶なことってしなくなるでしょう? でもその『やらない』判断って本心なのかなと思ってて。自分に嘘ついて我慢しても面白くない。大人になったからこそ、意識的に冒険していきたいと思っているんです」。

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「俺のデザインの追求」から「人を育てる」への意識変化

原さんがデザイン会社SLOWを立ち上げたのは36歳のときだ。大学卒業後にインテリア会社を経て入ったデザイン事務所は2年で辞め、27歳でフリーランスとして独立。「なんのキャリアもなくて無謀」だったから、とにかくがむしゃらに仕事をした。

「デザインが好きだったし、作ることが好きだった。好きなことと仕事が一致していたので夢中でしたし、『俺のデザインを極めてやる!』という、自己承認欲求も我も強かった。でもそれと同時に、30代に入った頃から『デザイナーとしての俺には賞味期限がある』ということも感じていました。すごいスピードでアップデートし続ける世の中についていけなくなる年齢が来るだろうなと思っていたんです」。

それゆえ、会社を立ち上げた際に注力したのがチーム作りだった。チームで仕事をしていくことで、アートディレクターである自分が年齢を重ねていっても、デザイン会社としてチームが機能していけるように、スタッフを育てた。

「以前、出身高校のラグビー部のコーチをやってたんですよ。最初は『こうしろ』『ああしろ』って指示を出して、できないと怒っていた。でも、それじゃダメだって先輩コーチから言われました。『生徒に寄り添っていって、考え方を共有するのが大事だ』って。

育てるっていうのは、思考を受け継いでもらうということなんだなということを理解しました。このコーチ経験はすごく大きかった。この経験がなかったら、会社というチームを作ってスタッフを育てるなんてことはできなかったですね」。

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デザインしないアートディレクターでいいじゃないか

そして40代に入った頃、原さんはなんとデザイナーの必須道具であるMacを手放した。

「Macを捨てることで、“俺のデザイン”を追求するのをやめたんです。やれるだけやったという気持ちもあったし、今いる“デザイン”じゃないところにやりがいのある世界があるんじゃないかとも感じました。捨てることで本当の意味でのデザインというものが見えてきたんですよね」。

原さんのところに持ち込まれる案件は、なぜかリニューアルものが多かった。もっと売り上げたい、もっと認知度を上げたい、だからデザインをリニューアルしたいという相談だ。原さんは、実際に手を動かす前に相手の話をとことん聞き、問題点を見つけて、解決方法を提案してきた。

「ときには解決方法がデザインじゃないこともあるわけです。そういう『デザインする前の思考』がものすごい大事だと思うようになって、デザインしないアートディレクターでいいじゃないかと。そしてその思考をスタッフにも受け継いでもらって、いつかデザインしないデザイン会社になれたら最高だな、と考えてました」。

スタッフの育成に力を入れ、デザインすることを手放した原さんのプランは成功した。チームとしての仕事の依頼が増え、その中でスタッフたちが成長していった。

その中で事務所の場所を閑静な代々木上原から賑やかな下北沢に移転したが、それは街のざわめきの中でチームに刺激を与えようという試みだった。それがまた功を奏しチームは活性化した。独立したスタッフも少なくない。空いた席には新しいスタッフが入ってくる。

原さんが立ち上げたチームは、自ら新陳代謝するようになっていた。

「でも、狙い通りにチームが安定して、仕事が順調になったら、自分はつまらなくなってきちゃったんですよね」。

そんなときに飛び込んできたのが、都市計画を担う建築コンサルタント会社からの仕事の相談だった。

 

後編に続く

原 大輔(はらだいすけ)●1970年長崎県生まれ。明治大学卒業後、インテリア業界に就職。Macに触れて衝撃を受ける。グラフィックデザイナーを目指し、デザイン会社に転職。2年の経験を積んで1997年に独立。食えない1年を経て、ライターやカメラマン仲間とともに仕事場を構え、活動する。2006年にデザイン会社SLOW inc.  を立ち上げる。街の中におけるパブリックスペースに興味を持ち、46歳の時に佐賀県有田にカフェ『Fountain Moutain』を作り、3年運営。50歳で下北沢にコワーキングスペース「ロバート下北沢」を作り、地域のパブリックスペースとしての発展方法を模索中。ロバート下北沢 Twitter @robert_smkt

「37.5歳の人生スナップ」
もうすぐ人生の折り返し地点、自分なりに踠いて生き抜いてきた。しかし、このままでいいのかと立ち止まりたくなることもある。この連載は、ユニークなライフスタイルを選んだ、男たちを描くルポルタージュ。鬱屈した思いを抱えているなら、彼らの生活・考えを覗いてみてほしい。生き方のヒントが見つかるはずだ。上に戻る

川瀬佐千子=取材・文 中山文子=写真

# 37.5歳の人生スナップ# コワーキングスペース# デザイナー# 下北沢
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