“職遊融合”時代のリアルライフ Vol.7
2020.08.11
LIFE STYLE

家族と仕事を隔てない家で職遊一体の暮らし[セカンドハウスのある生活 CASE.3]

「セカンドハウスのある生活」を実践する方々を訪ねる本企画。第3弾は神奈川県・丹沢にユニークな家を建てた、建築家の井上さんをインタビュー。

「多拠点を行き来して、自分の時間を豊かなものにデザインしていきたいんです」。

第1弾 神奈川県・葉山の家
第2弾 長野県・八ヶ岳の家

家族みんながそれぞれの時間を過ごす家

建築家・井上 玄さんの神奈川県丹沢の家。
建築家・井上 玄さんの神奈川県丹沢の家。

建築家の井上玄さんには現在、3つの拠点がある。自宅は逗子のマンションで、駅からは遠いけれど海には近い。仕事場は横浜・馬車道の駅に近いシェアオフィス。そして2年前、祖父がもともと住んでいた丹沢の山の中腹に、自らの設計によって家を建てた。

2児の父親として、また設計事務所を主宰する建築家として、さらに自分の時間を持つために、拠点が3つになるのは自然なことだったという。

その日の光の加減や気分により仕事をする場所を転々とする。今日はダイニング。10歳と7歳の子供たちもすぐ近くに。
その日の光の加減や気分により仕事をする場所を転々とする。今日はダイニング。10歳と7歳の子供たちもすぐ近くに。テーブルは宮城県石巻市の家具工房「石巻工房」のもの。

「それぞれ役割が違い、僕の場合、すべてを1カ所で満たすのは難しかった。事務所はお客さんのために、便利な駅近がいい。でも仕事と子育てに必要な環境は相反するもので、毎日海に入れる環境が子供の記憶にいいものを残すと思い、自宅は横浜から逗子へ引っ越しました」。

3つ目の丹沢の家は単なる建築物としてだけでなく、暮らし方の提案までも含めた井上さんの作品だ。

まず、そのユニークなつくりに驚く。北側と南側に大きな窓がある7つの細長いスペースが、壁で仕切られている。それぞれ開口部があるため自由に行き来できるし、隣の部屋の気配を感じることもできる。しかし7つの空間はすべてしつらいが異なり、外光の感じ方も、そこで過ごす気分も違う。

「人が集う空間は正方形に近い平面形状が適しているけれど、ひとりで過ごす場所は奥行きが長く、天井が高いことが贅沢」と井上さん。
「人が集う空間は正方形に近い平面形状が適しているけれど、ひとりで過ごす場所は奥行きが長く、天井が高いことが贅沢」と井上さん。そこで7つの棟が並ぶ異例のつくりとした。この家では仕事はタブレットだけでできるイメージづくりやコンセプトメイクなどを中心に行う。椅子は軽くて折りたためるニーチェア。屋外にも持ち運びやすい。

「自宅のように大きなリビングに人が集まる家をもうひとつ作っても意味がない。ここでは、家族それぞれが本を読んだり考えごとをしたり、1人で過ごす空間が必要なんじゃないかと思ったんです。

今日は天気が良くて自然光がたっぷり入るから明るいこの部屋で過ごそうとか、今日はあっちの暗い部屋でデイベッドに寝転んで考えごとをしようとか」。

天気がいい日は椅子を持ち出してテラスに出る。月がきれいな夜は、窓の近くにマットレスを敷いて家族で寝る。「天気や季節の変化を感じ取り、移動して居場所を見つけていく家」だから、ここにはソファやベッドなど、固定された家具がほとんどない。

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家族時間が増えても仕事時間は減らない

壁には、7つの棟を貫くように大きさや位置が異なる開口部が設けられている。隣の複数の棟の様子が垣間見られるよう、視覚的な計算がされている。
壁には、7つの棟を貫くように大きさや位置が異なる開口部が設けられている。隣の複数の棟の様子が垣間見られるよう、視覚的な計算がされている。

これまでずっと、平日は忙しく仕事をし、週末に家族の時間を楽しむ、おそらく多くの人と変わらないオンとオフを分けた生活を送ってきた。

「ここ数年、そのどちらも日常という感覚を持ちたいと思うようになりました。人生をトータルで考えたとき、日常がいかに充実しているか、家族との時間を持てるかが大切なんじゃないかと。だから多拠点を使ってうまく暮らしたいと思ったし、ここで働けばいいんじゃないか、トライしてみようと」。

そんなことを考えていたとき、新型コロナによる自粛生活が訪れた。子供たちが休校になったこともあり、思い切って考えていた「職住一体」の暮らしをしてみることにした。

各棟を自由に行き来し、走り回る子供たち。この家のすべてが遊び場だ。
各棟を自由に行き来し、走り回る子供たち。この家のすべてが遊び場だ。

「今までは家族との時間を増やすと仕事の時間が減るイメージでしたが、違うと気付きました。テラスでみんなで昼食を食べていても、自分が頭を切り替えるだけで、仕事の時間はいくらでもつくり出せる。

ここ丹沢の家ではメールの返信など、『しなくてはいけないこと』をいったん置き、考える時間を増やしたり、普段読めない本を読むようにしています。すると、仕事全体を見渡したときに、できることが増えるんです。

こうして1日の時間を自分でコントロールし、1日、1年をデザインしていきたいですね。そして働き方のひとつとして提案していきたいとも思っています」。

屋外とつながっているようなダイニングキッチン。大きな引き戸を開ければ、外のテラスと一体化する。
屋外とつながっているようなダイニングキッチン。大きな引き戸を開ければ、外のテラスと一体化する。

次にクリアすべきは事務所のスタッフの働き方だ。「彼らを巻き込まないと、平日を変えるには限界がある」と感じていた。そこで、この家で2人のスタッフと仕事をすることにもトライした。

「僕の仕事はイメージやコンセプトを考えたり、スタッフの描いた図面に赤入れをすること。タブレット1台あればできるのですが、図面を描くスタッフは膨大な資料や材料サンプルが手元にないといけない。なかなか難しく、これからの課題でもあります」と、今はオンライン会議を取り入れながら模索を続けている。

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別荘地ではない、地域とつながる選択肢

ここに来ると子供たちは必ず「帰りたくない」と言うそう。家のなかを走り回り、外に出れば山と川もある。大きく成長したとき、どのような記憶が刻まれていくのだろう。

もうひとつ、この場所を気に入っている理由が別荘地ではないことだ。

「すぐそばに地元の人たちの生活があります。逗子からおいしい干物をお土産に持っていくと、お返しに野菜やお惣菜を持ってきてくれたり、地域とのつながりが持てるのがいいなと思っています」。

地価が高くなりそうな別荘地を選ばなければ、土地代は安くできる。メンテナンスには自分で気を使う必要があるけれど管理費もかからない。さらに井上さんは建築費を抑えるアイデアも教えてくれた。

風景を取り込む大きな窓から季節の移ろいを肌で感じることができる。
風景を取り込む大きな窓から季節の移ろいを肌で感じることができる。「このあたりは緑に溢れた夏もいいし、12月頭に訪れると紅葉の季節もいい。冬の空も、とてもきれいです」。

「近くに温泉があれば、その環境を取り込んで家はシャワーだけでもいいと思うんです。セカンドハウスまで来てごはん作りに明け暮れたくないと思ったら、いっそのことキッチンさえなくしてしまってもいいかもしれません。そこで過ごす目的がはっきりしていれば、削ぎ落とせるものがきっとあります」。

丹沢の家を手にして本格的に始まった多拠点暮らし。そこから生まれる新しい暮らし方を提案できるのも、建築家としての自分の仕事だと思っている。

HOUSE DATA
竣工:2018年 構造・規模:鉄骨造・地上2階
敷地面積:395.71㎡(119.91坪)
建築面積:139.9㎡(42.32坪)
設計:GEN INOUE  https://architect.bz
間取り:光の量やしつらいが違う7つの長方体のスペースが、7つの棟のように並んだつくり。いずれの棟も北と南に大きな窓があり、各々の間は壁で仕切られながら、開口部から見通せ、互いの空間の気配を感じることができる。

柏田テツヲ(KiKi inc.)、PAK OK SUN(CUBE)=写真 前中葉子、宮原友紀=文 小山内 隆=編集・文

# 丹沢# 職遊融合
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