奨学金アドバイザーに聞いた、返済に苦しむ人が増えているニュースの真相は?
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連載「賢い借金」
ローンや借金というと、ネガティブに捉えがち。でもちょっと待った! 借金とは、いわば“未来のお金を先に使うこと”。使い方次第で利用価値は大いにある。家やクルマといった大きな買い物も増える年代。一度フラットに借金を考え直してみよう。
子供を持つ親なら、一度は「教育資金」について考えたことがあるはず。特に気になるのが、高校卒業後の進学資金。世の中には「奨学金」があるけれど、最近は卒業後の返済に苦しむ話もよく聞く。ゆえに、若干の怖さはある。
そんな不安を解消すべく、奨学金アドバイザーの久米忠史氏に取材。毎年150回以上の講演や各種メディアで執筆するスペシャリストに、コトの真相を聞いてみた!
久米忠史
株式会社まなびシード 代表取締役。2005年頃から始めた保護者・高校生向けの奨学金ガイダンスが評判を呼び、現在は全国で講演している。進学費用対策ホームページ「奨学金なるほど!相談所」も開設。今年1月には最新の著書『奨学金まるわかり読本2020』(合同出版)を発刊。
M-1を目指して奨学金を借りてはいけない
──奨学金を借りた学生が、卒業後の返済に苦しむニュースをよく見ます。ぶっちゃけ奨学金ってどうなんでしょうか? 子供が借金で苦しむなら怖いなと……。
その気持ちはわかります。確かにこの類のニュースは最近多いですしね。ただ、奨学金制度に課題はありますが、その存在そのものが「悪」だとは言い切れないと思います。
──どういうことですか?
返済に苦しむ原因にはさまざまな事情があると思いますが、なかには親子で将来設計をきちんと立てず、奨学金制度の中身をキチンと理解しないまま借りてしまう人もいます。例えば……、漫才チャンピオンを決める「M-1グランプリ」ってありますよね。わかりやすく言うと、M-1チャンピオンを目指して奨学金を借りることもできる。これは制度云々ではなく、利用者の意識の問題だと思います。
──詳しくお願いします。
奨学金は、大学、短大、専門学校等への進学者なら借りられます。在学中は毎月お金が振り込まれ、卒業後に返済していくシステムです。
卒業後の返済は、社会人となった自分の収入から出すわけですよね。ただ、世の中には必ずしも「卒業したら一定の収入を得られる」とは言えない進学先がある。例えば声優や音楽、エンタメ系の専門学校。最近は「お笑い芸人養成コース」などもありますね。その入学者が奨学金を借りたらどうなりますか?
──活躍できるのはひと握りなので……。
返済に苦しむ可能性がありますよね。「M-1チャンピオンを目指して奨学金を借りる」とはそういう意味です。音楽もそう。パンクが好きで音楽の専門学校に行く。それはいいんですが、奨学金を借りた場合、卒業後に返済できる収入は確約されるのか。こういう例は少なくありません。
──確かに、奨学金は卒業後の就職とも関わってきますね。
そうですね。だからこそ、「将来設計」と奨学金の組み合わせを事前に親子で考えるべき。「卒業後に返す」というシステムに対し、進路が適切かどうかを見てほしいんです。
大卒だから「就職は安心」と言えない時代
──将来設計と奨学金の組み合わせですね。
あともうひとつ、お子さんが大学に進学した場合も、奨学金の考え方に注意点があります。
──大学でも注意点……。何ですか?
ひと昔前は、大学への進学者は少数でした。例えば、今40歳の方が18歳の頃は、大学への現役進学率は全体の27.4%。しかし、2019年は49.8%と、倍近くまで増えています。大学に行く人が珍しくなくなったわけです。
──大学への進学者が増えると、奨学金に注意が必要なんですか?
はい。ここも「就職」がポイントです。昔は大学を卒業していれば「就職もしやすい」と考えられたでしょう。待遇面でも高卒よりも大卒のほうが良く、ある意味将来の保証があった時代であったといえます。しかし今は、大学卒業が珍しくない。つまり、そこまで就職には有利にならない。すると、奨学金を払って大学を出たものの、就職に失敗して返済に苦しむケースが出てくるわけです。
──そういうことですか。
親世代が持つ「大卒」のイメージと現状では、大きな差があるんですね。少子化の一方で大学は増え続けて、非常に入りやすくなりました。いまや大卒は珍しくない。親御さんがそのギャップを知らず、失敗するケースがあります。
──なるほど。
なので、将来設計と現代の進学状況を知ること。そのうえで、卒業後にきちんと返済できるか考えて利用するのが奨学金のポイントですね。そのためには、お子さんが進路を選択する段階から、親御さんが細かくコミュニケーションをとらなければなりません。
奨学金で夢を叶えた例のほうがたくさんある
──子供がひとりで考えるのは難しいですもんね……。
そうですね。返済に苦しむ人がいることは事実ですが、うまく活用している方がたくさんいることも事実です。日本の奨学金は学生ローンと批判され、注意点はあるものの、必ずしも悪いものではないと思います。
──そうなんですか?
2017年度の奨学金の返還率は97.4%で延滞率は2.6%です。もちろん、返済負担は決して楽なものではないでしょうが、日本人の真面目さゆえか、多くの人がキチンと返済しています。
──ほお……。
奨学金の利用者も、昔と比べてかなり増えています。奨学金の代表は「日本学生支援機構」、かつての「日本育英会」ですが、日本学生支援機構の奨学金、なかでも返済義務のある「貸与型」の利用者は、大学生の2.7人に1人(2017年時点)という高い割合です。2004年度には4.3人に1人ですから、その増え方がわかりますよね。
──大学生の半分近くは活用していることになりますね。
背景には、大学の授業料が高くなっていることもあります。
──え、そうなんですか。
一例ですが、1987年時点での年間授業料の平均は、国立大学で30万円、私立大学で51万7395円でした。2017年は、国立大学が53万5800円、私立大学が90万93円になっています。この傾向は近年も続いているんですよ。
──厳しい現実ですね。子供に「お金がないからその大学あきらめて」とも言えないし。
その意味では、奨学金は必要な制度ですよね。しかも、今年から返済不要の給付型奨学金が大幅に拡充されるなど、よりメリットは増えます。奨学金の仕組みを正確に知り、親子でキチンと進路を考えることが第一です。保護者の方と話していると、奨学金の「良い例」のほうがずっと多いと感じています。
──「良い例」ってどんなものですか?
ある沖縄の離島出身の子は、決して世帯収入が高くない。しかし彼女は大学に行き、本気でジャーナリズムを勉強したかったんです。ただ、大学で学ぶには島はおろか、沖縄からも出る必要があった。その子は奨学金を利用し、関東の大学に進学しました。
さらに、少しでも費用を減らすため夜間部を選択。本気で学びたいからこその選択ですし、その思いを実現するために奨学金は役立ったはずです。
──良い話……。
ほかにも、ある女の子はお姉さんが障がいを持っていて、小さい頃から福祉の勉強をしたいと思っていました。福祉の現場で働くというより、いつかより良い福祉制度に変えていきたいと。その目標を実現するために、奨学金を借りて関東の国立大学に入ったんです。良い例はたくさんあるんですね。
──確かに、悪い例だけ鵜呑みにするのは良くないかも。
そうですね。きちんと親子でコミュニケーションをとって、将来を考えたうえで利用すればきっと役立ちます。さらに、奨学金の特性を知って賢く借りるのが大切です。
──賢く借りる……ぜひ教えてください!
わかりました。では、細かな制度や利用のテクニックについては、次回お話ししましょうか。奨学金のほかに「教育ローン」もあるので、その違いも説明しましょう!
──よろしくお願いします!
有井太郎=取材・文 小島マサヒロ=撮影