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2019.12.17

ライフ

「動物園よりサバンナで生きたい」 組織より個人を選んだ、義肢装具士の自分らしい生き方

>連載「37.5歳の人生スナップ」を読む
【前編】を読む

義肢装具士の沖野敦郎さん(40歳)は、現場の厳しさに耐えきれず、辞めていく同期たちの中で奮闘していた。
パラアスリートから一般の人まで、さまざまな用途・要望に応じて微妙な調整を重ね、ユーザーに完璧にフィットする義足作りを目指す沖野さん。顧客にはパラリンピックで金メダルを目指す人もいれば、息子とキャッチボールをしたいという人もいる。
さまざまなシチュエーションにおける、それぞれの理想を体現できる高度な技術が、義肢装具士には求められるのだ。時にユーザーから厳しい言葉をぶつけられても、沖野さんが今日まで続けてこられたのは一体なぜなのか?
沖野敦郎
「結局、好きだから。それに尽きますね。自分の中で義足製作は日常のひとコマなので、歯磨きと同じです。やらなかったら気持ち悪い(笑)。自分の作る義足で、やっぱり笑顔が見たいんです。お笑いの仕事然り、体や心のケアをする、家を建てる、映画を撮る、音楽を作る……。笑顔を見るためにも職業としていろいろな方法があると思うんですよ。僕の場合はそれが義肢装具士だった。履いた瞬間にユーザーが笑顔になって欲しい。中には合わなくて鬼の表情になることもありますけど……」。
初めてユーザーに渡す義足を作ったのは26歳のとき。完成した感動よりも、受け入れられるかどうかの不安のほうが先に立った。その緊張感は、義肢装具士となって15年経った今も変わらないという。
「いちばん怖いのは、最初にユーザーに義足を履いてもらうとき。今でもドキドキするし、『よっしゃ!』っていうときもあれば、『あーこれダメだ』って落ち込むこともあります」。
メモ
この道のベテランである沖野さんですら、未だにユーザーの要望を100%叶えられないこともある。それほど義足作りというのは、一筋縄ではいかないのだ。
「この仕事の最大のジレンマは作ったものを自分で履いて試せないことです。結局ユーザーの評価でしかフィードバックができない。こんな言い方をするとアレだけど、昔は義足の義肢装具士を羨ましいと思ったりもしました。自分の製品を自分で試せるし、ユーザーの気持ちもわかるだろうと。でも今はわからないからこそ、向上できるんじゃないかと思っています。想像に限界はないから」。


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