37.5歳の人生スナップ Vol.93
2019.11.06
LIFE STYLE

「人生、楽しみの総量が多い方が勝ち」。日本一稼ぐ弁護士のブレない成“幸”術

【前編】を読む

レンタルビデオ店でのフリーター時代を経て、ロースクール入学、さらに司法試験に一発合格を果たし、“日本一稼ぐ”弁護士にまでなった福永活也さん(38歳)。

「司法試験一発合格」という奇跡について触れると、ロースクール時代、「司法試験は難しいからあんな優秀な人でも落ちた。それだけ司法試験は難しいんだよ」と盛んに言われることにウンザリしていた、と笑った。

「たかが資格試験で落ちた人が優秀なはずがないと思っていました。落ちた現実を試験の難易度のせいにするのは謙虚さが足りないだけ。これって何にでも言えることです。政治が悪い、社会のせいだ、制度のせいだと言っていたら、人生よくなるはずがない。自分の力ではおよそ動かせないものに文句を言っても何も変わらないので、唯一コントロールできる自分自身を変えていくかなんですよね」。

自分がコントロールした結果で人生は変わる。強靭なメンタルを持つ福永さんがたった一回で司法試験に合格したのは必然だった。

日本一稼ぐ弁護士になるまで

27歳で東京の弁護士事務所に就職。新人の頃はとにかく人より多く仕事をすることを心がけたという。

「毎日いかに自分の仕事を少なく見せるかに注力していました。日々の業務時間をできるだけ少なめに申告して、『忙しい』と一度も言わないことにしたんです。そうすれば『手が空いてそうだからこれも任せよう』となり、結果的に多くの仕事を自分のものにできる」。

3年間一度も「忙しい」と言わないことを自らに課し、可能な限りの案件を詰めこんだ。そうやって先輩の仕事を自然と奪っていくことが、自身の裁量を増やすことにも繫がるからだ。とはいえ、福永さんが短期間で日本一稼げるようになったのはなぜなのか?

「世の中に必要とされている弁護士業務の大半は、大した専門性は必要ではなく、誰がやっても大して差は出ないものが多い。だから専門性とかスキルじゃなくて、とにかく覚悟を持って、必死に案件をこなしていくというサービスの基本を大事にすることです。スピードを速くするとかお客さんと情熱を共有するとか、誰でもできることをしっかりやることが大切なんですよ」。

若いうちは知識も経験も先輩にはかなわない。そのなかで自分にできるのは、基本を大事にすることだけだった。気づくと福永さんは事務所内では同期の中でも多くの案件をこなせるようになっていた。そして弁護士になって5年目、32歳にして独立した。

「世間の評価を気にせず、自分がオールインワンで力を注ぐことをテーマ設定できていれば、野球も弁護士業務も何でも楽しい。それは自分の目的と今やっていることが一致しているから。楽しんだもん勝ちなんです」。

目指すところをハッキリさせ、今を楽しもうとする姿勢を徹底するだけで人生は開けていく。だからこそ、今が楽しくない人は、テーマ設定が定まっていないのではないかと福永さんは考えている。

「時間は限られているし、好きでもない分野に万遍なく手を出して60%の知識を得るより、偏っていると人から言われてでも『このテーマだけは負けない』というジャンルを突き詰めていくほうが楽しいと思います」。

そして、福永さんはオールインワンで取り組んできた法律業を徐々に落ち着かせていく一方で、今は“冒険家”としての道を歩み始めた。

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冒険家グランドスラムへの挑戦

学生時代からリュックひとつでふらりと海外へ赴いていたという福永さん。訪れた国はなんと130カ国以上。しかし旅慣れていくうち、ただ旅行するだけでは物足りなくなっていた。

「人の住めるところなんて結局は想像の範囲内。人が住めないような極地に身を置いてみたら良い経験になるかもと思って、山登りを始めたんです」。

いちばん最初に登ったのはアフリカで一番高い山、キリマンジャロ。何となく登った標高5895mのこの山が、福永さんの冒険家としてのスタートとなった。

「世界7大陸にはそれぞれ最高峰があって『セブンサミット』と呼ばれています。キリマンジャロはそのなかのひとつだったので、これはもう、スタンプラリー的に7つすべて登りたいなと思ったんです(笑)」。

一度やると決めた後の行動力が、福永さんは凄まじい。南極の最高峰を登頂した2日後には南米の最高峰アコンカグアに登っていた。体力の回復なんて生温いことは一切考えない。「1回日本に帰るよりそのまま行ったほうが効率的だし」と表情ひとつ変えずに言う。

セブンサミットの中で最も苦戦させられたのは、ロシアの最高峰エルブルス山だ。標高5642mと、際立って高い山ではないが、登頂を試みた2月は寒さのピークだった。

「エルブルスより高い山も登っていたし、少しなめていたんですよ。エルブルスはその冬、誰も登頂者がいないうえに、登山中の死者を2人も出していた。山小屋はどこも閉まっていて地面は凍っている。人は少ない。気温はマイナス25度ぐらいになるので一番分厚い手袋に変えようと思ったらロッジに忘れているしで、今までで最も死を近くに感じた経験でしたね」。

ガイドから「凍傷する可能性がある」と下山をすすめられたが、諦められなかった。そのとき福永さんの心にあったのは恐怖よりも、容赦のない山への畏敬の念だった。

「山はほんとうに情けが通用しない。自然は容赦がないんです。人間の支配する社会なんて、いろいろあっても、まあ大抵のことは許容してくれるものじゃないですか。でも自然は、こっちが手袋忘れていようがご飯食べてなかろうが、一切手加減してくれない。吹雪は酷くなるし、足元は滑りやすくなる一方で、少しでも気を抜けば滑落する可能性もある。人間社会の甘えが一切通用しない世界だからこそ、得るものは多いです」。

どんな状況下でも、何があっても0から100まで自分自身の力で歩み続けなければ許されない過酷な世界。ときに情けで許されてしまう人間社会では絶対に味わえない強い覚悟と忍耐を、山では感じることができるのだ。

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今年6月、福永さんはセブンサミットすべての登頂を終えた。いまはセブンサミットに北極と南極を加えた「冒険家グランドスラム」の達成を目指しているという。福永さんの現在の『テーマ設定』は何なのだろう。

「ここ数年は自宅にほとんどいなかったので、しばらく東京でできることをやろうと思っています。オンラインサロンを積極的に開催しているのもそのひとつですね」。

SNSを軸に、さまざまな人との交流を広げ、新たなビジネスの可能性を模索しているという福永さん。書籍を出版したのもその活動の一環だ。野球、法律、冒険……、テーマ設定の振り幅は大きいが、福永さんのなかでは絶対にぶれないひとつのテーマがある。

「40歳前後になると失うことへの恐怖心を感じる人が多いと思います。けれど、人生をRPGに置き換えて考えたときに、楽しみの総量が多いほうが勝ちだと僕は思うんです。そもそも就職することだって、人生の楽しむためにするものだったわけでしょ? 出世することや年収を増やすことが、本来のゴールではないはずなんです。だから会社でのポジションや給料にとらわれるのではなく、そのときそのときの価値観にあった毎日を楽しんで過ごすことが、功を成す、ならぬ、“幸を成す”ための手段だと思うんですよ」。

野球部に捧げた高校時代も、草野球を自由に楽しんだフリーター時代も、勉強の楽しさを知ったロースクール時代も、そして弁護士になってからも、福永さんは常に「今」を見つめ、「幸」を積み重ね続けている。


藤野ゆり=取材・文 小島マサヒロ=写真

# 37.5歳の人生スナップ# 冒険家グランドスラム# 日本一稼ぐ弁護士# 福永活也
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