冒険家グランドスラムへの挑戦
学生時代からリュックひとつでふらりと海外へ赴いていたという福永さん。訪れた国はなんと130カ国以上。しかし旅慣れていくうち、ただ旅行するだけでは物足りなくなっていた。
「人の住めるところなんて結局は想像の範囲内。人が住めないような極地に身を置いてみたら良い経験になるかもと思って、山登りを始めたんです」。
いちばん最初に登ったのはアフリカで一番高い山、キリマンジャロ。何となく登った標高5895mのこの山が、福永さんの冒険家としてのスタートとなった。
「世界7大陸にはそれぞれ最高峰があって『セブンサミット』と呼ばれています。キリマンジャロはそのなかのひとつだったので、これはもう、スタンプラリー的に7つすべて登りたいなと思ったんです(笑)」。
一度やると決めた後の行動力が、福永さんは凄まじい。南極の最高峰を登頂した2日後には南米の最高峰アコンカグアに登っていた。体力の回復なんて生温いことは一切考えない。「1回日本に帰るよりそのまま行ったほうが効率的だし」と表情ひとつ変えずに言う。
セブンサミットの中で最も苦戦させられたのは、ロシアの最高峰エルブルス山だ。標高5642mと、際立って高い山ではないが、登頂を試みた2月は寒さのピークだった。
「エルブルスより高い山も登っていたし、少しなめていたんですよ。エルブルスはその冬、誰も登頂者がいないうえに、登山中の死者を2人も出していた。山小屋はどこも閉まっていて地面は凍っている。人は少ない。気温はマイナス25度ぐらいになるので一番分厚い手袋に変えようと思ったらロッジに忘れているしで、今までで最も死を近くに感じた経験でしたね」。
ガイドから「凍傷する可能性がある」と下山をすすめられたが、諦められなかった。そのとき福永さんの心にあったのは恐怖よりも、容赦のない山への畏敬の念だった。
「山はほんとうに情けが通用しない。自然は容赦がないんです。人間の支配する社会なんて、いろいろあっても、まあ大抵のことは許容してくれるものじゃないですか。でも自然は、こっちが手袋忘れていようがご飯食べてなかろうが、一切手加減してくれない。吹雪は酷くなるし、足元は滑りやすくなる一方で、少しでも気を抜けば滑落する可能性もある。人間社会の甘えが一切通用しない世界だからこそ、得るものは多いです」。
どんな状況下でも、何があっても0から100まで自分自身の力で歩み続けなければ許されない過酷な世界。ときに情けで許されてしまう人間社会では絶対に味わえない強い覚悟と忍耐を、山では感じることができるのだ。
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