37.5歳の人生スナップ Vol.86
2019.09.30
LIFE STYLE

印税2億で人生が一変。12年前、“ホームレスバブル”の渦中にいた麒麟・田村の胸中

田村裕

「バスケじゃ仕事にならへんよ、そう言われてバスケと心中することを決めました」。

お笑い芸人「麒麟」田村 裕さん(40歳)は、現在バスケットボールに夢中だ。自伝『ホームレス中学生』で世間を騒がせたのは2007年。もう12年も前のことになる。

200万部以上を売り上げた『ホームレス中学生』は映画化・ドラマ化とメディアミックスされ、一躍、田村さんは“時の人”となった。印税収入は2億ともいわれ、自身の貧困ネタで大金持ちになってしまうという夢のようなサクセスストーリーを描いたのだ。

しかし、当時を振り返る田村さんの表情は決して明るくない。

「ホームレス中学生によって人生が良くも悪くも一変した。でもバスケットボールに出合えたから、今はその面白さを少しでもみんなに伝えられたらいいなと思っています」。

最近はもっぱらバスケ関連の仕事がメインになりつつある。半年前に開設したYouTubeチャンネル『麒麟・田村のバスケでバババーン!』など、活動の幅を広げている。芸歴20年。ブレイクを経験しながらも、それとはまったく別のところで花開こうと奮闘する、山あり谷ありの芸人人生を振り返ってもらった。

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リアルな『ホームレス中学生』時代の夢

田村

幼い頃から「芸人になりたい」という夢を持っていた田村さん。

「僕の姉がダウンタウンさんが大好きで、部活が終わって家に帰ると、いつも見ていたんで、その影響は大きかった。もう少し運動神経が良ければスポーツの道に進んだかもしれないけど、ただ好きなだけでバスケは全然うまくないんですよね」。

小中高とバスケ部。好きなことに熱くなる性格は、当時の空気からすると「暑苦しい奴」だっただろうと苦笑する。

「僕らの時代ってがんばらないのがかっこいい、って空気があって、ケダルイ奴がモテたんですよ。体育祭とかもみんな斜に構えてたから、僕はそのなかだったら熱くて、ダサい奴だったかもしれない。でもいま振り返ってもそれでよかったと思う。だって全力で何かを達成した思い出のほうが楽しいでしょ。あのときダルがってた奴は、きっとみんな後悔してますよ(笑)」。

胸の奥の情熱を隠さない田村さん。それでも芸人の夢だけは、周囲にはなかなか打ち明けられずにいた。高校卒業後はNSC(吉本の養成所)に入所。そこでのちの相方である川島 明さんと出会うことになる。

 

相方との運命の出会い

田村

相方の川島さんとの出会いについて尋ねると、まるで恋人の話をするかのように、「運命」と田村さんは言う。

「養成所に入ったとき、僕は貧乏で汚いじゃないですか。川島くんは引きこもりでオタクで汚いじゃないですか。ど貧乏な僕が声をかけるのを迷ったくらい(笑)。だから、気になってしまったんですよね」。

相方というのは不思議なものだ。多くの場合、相手がどんな人物かもわからないまま養成所に同時期に入ったというタイミングの妙によって、一生を共にするような仲となるのだから。

「NSCは授業が始まってすぐにネタ見せがあったり、コンビ組んだりするんです。たまたま僕が川島くんの前に組んでいた人と解散したタイミングで、川島くんが授業でネタ見せして。もう見つけたー!って感じじゃないですか。でも僕は運命を感じているのに、川島くんは何も思っていないんですよ……」。

そんな出会いを経てコンビとなった「麒麟」は、芸歴2年目にしてM−1の決勝にあがり、そこからはトントン拍子で「人気芸人」の地位を確立していった。

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爆発的にヒットした『ホームレス中学生』

そして田村さんの人気を決定づけたのが、前述の『ホームレス中学生』である。バラエティで自身の幼少期の貧乏ネタを話していたのが、出版社の目にとまり書籍化に至った。『ホームレス中学生』の爆発的ヒットは、本業であるお笑いにも少なからず変化をもたらした。

「僕自身は変わっているつもりはない。でも何を言っても『金持ってるやん。2億稼いでるやん』という空気になってしまうんです。典型的だったのは僕らが大阪の劇場に出たとき。客席からヤジが飛んだんですよ。おばちゃんが『この税金泥棒!』って。まあぼく印税もらっただけで、税金泥棒は一切してないんですけど(笑)」。

これまでウケていたものが、ウケない。それが単なる観客の嫉妬ややっかみからくるものなのか、それとも自分がどこか天狗になっているせいなのか、原因がわからず焦燥感だけが募る日々だった。

「それについて改めて話し合うことはなかったけど、川島くんにとっても、辛い時期だったと思います」。

今、当時の状況を冷静に邂逅する田村さんは自分の実力不足だったと静かにこぼす。

「そこから仕事が一気に減ったのは、単純に世間が僕に飽きた、というのもあるだろうし。僕は才能がポンと開花するのではなく、何回も経験して場の空気を掴んでいくタイプなので、『ホームレス』で一気にトップクラスの人と絡まなあかんところまで押しあげられて、ただただテンパってしまったんです」。

その後、芸人としての仕事が減少するなかで田村さんを救ったのは、学生時代に夢中になった「バスケ」だった。【後編】へ続く。

 

藤野ゆり(清談社)=取材・文 澤田聖司=写真

 

【関連リンク】
YouTubeチャンネル「麒麟・田村のバスケでバババーン!」

# 37.5歳の人生スナップ# ホームレス中学生# 田村裕# 麒麟
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