オーシャンズとレジャー 37.5歳から始める大人の趣味入門 Vol.104
2019.07.20
LIFE STYLE

【後編】40代になって人生の意味を問う。タップダンサー・熊谷和徳の「選択」

連載「37.5歳から始める、タップダンス」
37.5歳からの新しい趣味として提案する「タップダンス」。
今回は、世界的タップダンサー・熊谷和徳の半生を追う【後編】。オーシャンズ世代である彼が、今、自身の人生について思うこととは?

【前編】を読む

熊谷さん

好きなことで生きていく辛さ

熊谷は憧れの地・ニューヨークで好きなことと向き合い始める。語学を学び、大学に通いながらタップダンスに明け暮れる日々。そして、ダンスシーンの変遷という点でも、熊谷は恵まれた環境に居合わせた。

「アメリカに行ってすぐ、『NOISE/FUNK』っていうブロードウェイのショーが始まったんですが、それがすごく革命的なショーでした。アフリカン・アメリカンの歴史をタップダンスを通して伝えていく、それがヒップホップの文化と融合してまさに新しいタップのスタイルが生まれるときでした。その場に僕も居合わせ、タップのテクニックだけでなく、文化として、生き方としてのタップを学ぶことができたのです。

自分が憧れていたタップダンサーたちから直々にタップを学ぶことができたその時期は、僕自身の人生を大きく変えました」。

そのブロードウェイの養成学校でプロフェッショナルな訓練を受け、大学へも通いながら7年間のニューヨーク生活を経て、26歳で帰国の途につく。

「その当時の日本のエンターテイメントの中には、タップダンスは全然存在していなくて。日本に帰ってきたばかりのときは、仕事がなかったからコンビニでアルバイトをしていました。店長候補まで行きましたよ(笑)」。

「好きなことで生きていく」ことはとても難しい。生きていくためにはお金を稼ぐ必要がある。お金を稼ぐためには、ときに好きなことをゆがんだ形で表現していかなければならない。

「日本でパフォーマンスをやり始めて一様に最初に言われたのは、『わかりやすくしたほうがいい』ということでした。ビジネスラインに乗せるために、『日本人にとってわかりやすく』という意味なのだと思いますが、どれも本質からずれるアドバイスだったと思います。

日本ではあまり馴染みのないタップを、エンターテインメントして表現していく。そのうえで自分が大事にしていることは、僕にタップを教えてくれた先生達や、タップの文化を困難の中で創ってきた先人たちに恥じないことをやり続けることでした。たとえ評論家に酷評されても、その部分は自分自身が続けていくうえでとても重要なことで、妥協できないんです」。

Photo by Makoto Ebi

その後、自身のソロ公演に加え、国内外のジャズシーンを席巻するトランペット奏者の日野皓正やピアニストの上原ひろみ、さらには、cobaやハナレグミなど多彩なジャンルのアーティストとのセッションを重ね、タップダンスのイメージを覆す斬新なパフォーマンスが国内でも評価されるようになってくる。

「日野皓正さんとかcobaさんとか、インストのパイオニアみたいな人たちがすごく可愛がってくれたんです。彼らも苦労をされてきた方々なので感覚が同じというか、同じ文化、同じ言語の中にいる感じがしました。そうやって最初は、お客さんよりもアーティストの人たちが呼んでくれるようになって、それでだんだんと自分の公演もできるようになってきました」。

誤解を恐れずに言えば、熊谷は不器用な人なのかもしれない。決して自分をひけらかすような、誇張して周囲の目を引くようなことはしない。自分に自信が持てないうちは、他人をどうこう言うつもりもない。

ただ、どんなことを言われようと、どんな扱いを受けようと、自分の信じたものは決して譲らない。子供の頃から言語化できない熱い想いを抱きながら、黙々と自分に向き合いタップのステップでその想いを表現しようと努めてきた。

熊谷さん

「『TAP』の映画に出ていたおじいさんのタップマスターたちには、実際にNYのジャズクラブのセッションで出会い、一緒に踊る機会が幸運にもたくさんありました。いつもユーモアに溢れていましたが、僕らにタップ以上の何かを与えてくれました。

彼らは人種差別が酷い時代も、踊ることでタップというアートを繋いできました。だからこそ、彼らの一音一音の音色の背後にはさまざまなストーリーがあり、それを聴くと僕は胸がいっぱいになって涙が出てきます。

その光と影という部分に強く共感を覚えました。次元が違うけれども、自分も高校時代に悩んでいたことと重なって『表現する』ということを学びました。自分の中で言葉にできないことがタップを通して表現され、解放される。それを本気でやり続けることで彼らと繋がることができたと思っています」。

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40代にして、初めて人生の意味を問う

タップダンサーとして世界的名声を確固たるものにした今、熊谷和徳は40代をどう生きるのか?

熊谷さん

「40代になった今、これまでの勢いや野望みたいなものを超えて、『人生の意味』を考えるんです。

20代は何も考えずに、それこそバイトして、空いている時間はがむしゃらにタップして前に進むだけみたいな。そして30代になるとそれが形になってくる。そうして40代になった今、野望みたいなものを超えて、『人生の意味』を考えるんです。意味がないと、空っぽになってしまう気がする。ただお金を稼ぐとか有名になるとかに意味を見出せればいいですけど、自分の人生の意味という点ではそれは少し遠いんです。今はもっと、自分の魂が充実できるかっていうところをすごく大事にしたいですね」。

「自分の魂が充実する」とは、どういうことだろう。確かに、40代にもなれば給料や評判で得られる「心地良さ、快適さ」とは違った「幸福の形」を意識するようになる。今の暮らしが相当に不満なわけではない。ただがむしゃらに生きた30年を経て、人生は踊り場のような停滞期を迎える。そこから上に上がるのか、惰性に進むのか、すべては自分次第だ。

ただこれまで「道」と思って先へ先へと前を向いてきたが、なんとなく「その先」が見えるようになる一方で、今度は自分の胸の裡、自分の中に目がいくのかもしれない。これまで進んできた自分自身の中身が空虚になりかけていることに気付き、焦る。

熊谷さん

「今まで自分が影響を受けてきたエンタテイナー、マイケルやプリンス、グレゴリー・ハインズのように、時代を築いてきた人たちがこの10数年の間にどんどんいなくなっていきました。

背中を追ってきた人たちがいなくなった今、今度は僕らが新たな価値観を創造していかなくてはいけない。それは僕らのようなパフォーマーでなくても、世代交代というところでは多くの人たちが感じる難しさではないでしょうか。新しい価値観はどんどん変わっていきます。

これからの時代を考えたときに自分が大事にしていきたいことは、自分の魂を成長させていきたいということです。時代に流されることなくテクニックやマテリアル的なことを超えて、人間としてどう成長していくか。

タップを通して、自分がどれだけ成長して、自信を持ってこの先の次の人生を駆け抜けていけるかというところでは、常に自分も模索しています。そして一番大切なことは、その瞬間瞬間をどれだけ楽しめるかということですね」。

タップダンス
Photo by Makoto Ebi

好きなことで生きていくのは決して楽な道のりではない。好きなことである程度の成功を収めたら、その栄光の中で人生を“置きに行く”という選択だってあり得る。少なくとも彼には、その権利があるはずだ。しかし熊谷は、タップダンスに対する求道心を枯れさせない。

「40代というのはアーティストとしては分かれ道で、ここからビジネスとして、割りきった仕事の形を引き受けていく人たちもいっぱいいると思います。評論家や権威的な立場になって行く人も多い年齢です。

でもやはり自分は、タップを始めた頃の初期衝動を一番大切にしていきたいんです。踊ることを思いっきり楽しみ続けたい。そして信じることを表現し続けていきたい。

それは、一寸先の闇を模索し続けて行くことなので、なかなか精神的にはきついものではあるけれども。そこに僕の人生の意味がある気がするんですよね」。

熊谷さん

迷う40代の人生の選択。そこにも熊谷和徳にとっての必然はあった。やっぱり彼は「タップが好き」なのだ。

熊谷さん熊谷 和徳
1977年、仙台市生まれ。タップダンサー。「KAZ TAP STUDIO」主宰。19歳で渡米後、独自で活動。世界中のメディアにも度々取り上げられ、「日本のグレゴリー・ハインズ」と評される。米ダンスマガジンにおいて「世界で観るべきダンサー25人」に選ばれた。

 

[公演情報]
日野皓正スーパーライブ2019
開催日:8月7日(水)
会場:Bunkamura オーチャードホール
www.min-on.or.jp/play/detail_172129_.html

小島マサヒロ=写真 島崎昭光=取材・文 

# オーシャンズとレジャー# タップダンス# 熊谷和徳# 趣味
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