37.5歳の人生スナップ Vol.70
2019.07.14
LIFE STYLE

「余命5年」告げられた人気ラッパーの絶対に“怯まない”生き方【前編】

「生きている以上、やりたいことをやるし、歌いたいときには歌う。死ぬまでは、いくらでも選ぶことができますから」。

当時33歳のラッパーを、突如、脳梗塞という病が襲った。病院への搬送が30分遅れていたら命を落としていた危険性もあったという。さらに合併症で左目も失明し、40歳になる頃には腎臓の数値も悪化。医師から「余命5年」を告げられた。

そのラッパーの名はダースレイダー(42歳)。東大中退のエリートとして知られ、人気番組「フリースタイルダンジョン」にも度々登場するこのアーティストは、まさに“死と隣り合わせ”の日々を過ごしている。しかし、その生き様は驚くほど前向きで、悲壮感などカケラも感じさせない。

「ジタバタしようが死ぬときは死ぬ。それは僕に限ったことではないですよね」。

不慮の事故も耐えないこの時代、確かにそれは事実だ。ただし頭ではわかっていても、それを切実に感じながら生きている健康体の人間などほとんどいない。ダースレイダーとは状況が違う。

こめかみに銃口を突きつけられたような状態にありながら、まるで何事もなかったかのように笑い、絶対に怯まず生きるダースレイダー。この男の強さの根源は何か。その笑みを支えていたのは、常に逆境を跳ね返そうとする“ヒップホップの精神”だった。


東大志望の秀才とヒップホップの出会いは予備校の自習室

彼がヒップホップと出会ったその日まで時計の針を巻き戻そう。当時、父親と同じ東京大学に入学するため、御茶ノ水の駿台予備校に通っていたダースレイダー少年。そこである日、不良予備校生の先輩がラジカセをかつぎ、自習室でラップをする姿を目撃した。

「僕はずっとロック好きで、’60sや’70sの音楽を軸にブルースやファンク、ソウルを聴いてきた人間でした。音楽は好きだったけど、楽器もやらないし、歌も歌わない。その不良予備校生も楽譜は読めないし、楽器も弾かない。なのに、音楽をやってたんですよね。その人を見て『これだ! ラップでなら僕も音楽ができる』と気付いたんです」。

以来、受験勉強と平行し、ひとりで歌詞を書いてはラップの練習をする日々が始まった。そして合格発表の日、晴れて東大生となったダースレイダーに転機が訪れる。

「東大の赤門で合格発表を見届けた夜、不良予備校生の先輩に誘われて、高円寺のクラブ『ドルフィン』でラップしたんです。僕の合格祝いってことで。人前でラップするのはその日が初めてでした。キングギドラやジブさん(Zeebra)たちのアナログを使って、サビを先輩が歌い、僕がラップする。もう、しびれましたよ(笑)。世の中にこんなに楽しいことがあるのか!って。人生にスイッチが入った瞬間でした」。

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東大からはドロップアウト。しかし未だに残る当時の“初期衝動”

“オン”になったスイッチに身を任せるまま、ダースレイダーは猛スピードでヒップホップの世界を駆けまわった。

夜は毎晩のように渋谷や六本木のクラブに出かけては朝まで遊び尽くした。日中は音楽雑誌を読みあさり、イベントのチラシを集めてはクラブ仲間と情報交換。インターネットのない時代だからこそ、自分の足で情報を集めた。それはとても刺激的で、今では失われたアナログ的なが良さが確かにあったのだという。

「ひとつの夜を過ごすたびにパワーアップする感覚でした。20年以上前に注入された当時の空気感やエネルギーが、今も僕のなかでうずまいています。あのときの体験をもう一回できないか、人に体験させられないか。それが、今も歌う動機になってるかな」。

遊びながら、ひたすらラップする。そんな日々を積み重ねていたダースレイダーがアルバムデビューをするまで、時間はそうかからなかった。23歳、彼はまだ東大生だった。

「大学在学中の2000年にP-VINEからレコードを出しました。その年は、ドラゴンアッシュやリップスライム、ニトロマイクロフォンアンダーグラウンドが続々とアルバムをリリースした年で、日本もヒップホップが市民権を得つつあった過渡期だったんですよね。僕も翌2001年にはエイベックスのカッティング・エッジに移籍、その後はビクターに行ったり、バタバタした時期でしたね」。

すでに音楽で収入を得ていたダースレイダーは、「俺、このまま行けるんじゃね?(笑)」という甘い思いを胸に東大をドロップアウト。音楽一本の人生がスタートした。


抜けない肩こりは危険信号。世界がぐるりと回転し、死にかけた日

ダースレイダーが自主レーベル『ダメレコーズ』を立ち上げ、KEN THE 390や環ROYといった新人ラッパーたちの曲を「1000円シリーズ」と題して売り出すと、タワーレコードのインディーズチャートで1位になるという現象が起きた時代もあった。

イベントへのオファーも絶えず、忙殺される日々。知名度と仕事量が増すにつれ、次第に慢性的な肩こりを感じるようになっていたという。

「肩がずっと凝っていたのは、疲れているからだろうと思ってたんですが、2010年のある夜、司会で呼ばれた青山のクラブのトイレで異変が起きました。出番前にトイレで鏡を見ていたら、文字通り世界が『ぐるり』と回転したんです」。

平衡感覚を失い、そのまま倒れ込んだダースレイダーはすぐに強烈な吐き気をもよおし、便器に思い切り嘔吐した。吐いて、吐いて、胃液しか残らないほど吐いても、吐き気は止むどころか悪化するばかり。一過性ではない。今まで一度も経験したことのない“何か”が自分の身に起こっている。そう理解したときには、もう思うように口も利けなくなっていた。

クラブにいた仲間たちからは急性アルコール中毒を疑われたが、酒は一滴も口にしていない。しかし、それさえ言葉で伝えることができない。そんなとき、その場のひとりが「危険シグナル」に気づき、ダースレイダーは仲間のDJの車で近くの救急病院まで運びこまれた。

担当医によると、あと30分搬送が遅れたら死んでいたかもしれない、まさに瀬戸際の状況だったという。告げられた病状は「脳梗塞」。それから3週間は寝ても覚めても揺れまくる船に乗り続けているような感覚が抜けず、常に吐き気に苦しみ続けたという。

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原因は検証不可能。過去10年以上、健康診断を拒み続けた理由

実は、脳梗塞で倒れるまでの過去10年以上、ダースレイダーは健康診断を一切受けていなかった。それには彼なりの理由がある。

ダースレイダーの父は朝日新聞の記者で、コメンテーターとして度々テレビにも出演する著名なジャーナリストだった。しかしダースレイダーが大学在学中にアルバムデビューを果たした頃、父の喉に腫瘍が見つかる。

「父親はコメンテーターもしていたので、喉への負担が少ない治療法を自分で探し、札幌の病院に入院しました。入院するほど進行していたわけじゃなかったんですけど、早期発見でうまく治療すれば仕事に支障がないところまで回復できると見込んでいたんです。

でも結局、治療は後手後手にまわって肺炎を併発。父はあっという間に亡くなってしまいました。僕は医者の対応が今も信用できていなくて、『病院に行ってなかったら父はまだしばらく生きていたんじゃないか』という思いを持つようになった。まぁ、病院不信ですね。それからは一切、自分でも健康診断を受けるのをやめてしまいました」。

以来、ダースレイダーは自分の健康にも無頓着に。だからこそ肩凝りは疲れが原因だと勝手に判断したし、倒れたときにも自分の身体に何が起こったのかわからなかった。

脳梗塞の原因は、内科や脳神経科で意見が分かれたという。遺伝性を疑っても父親は他界。母親もダースレイダーが15歳のときに亡くなっていたため、調査ができない。健康診断も受けていないから過去のデータもなく、原因の検証などしようもなかったのだ。


脳梗塞の合併症で左目を失明。さらには「余命5年」の宣告

脳梗塞の治療で入院中、ダースレイダーは自分の身体とようやく向き合うことになる。検査では糖尿病に罹患していることも発覚し、その悪化に伴い、左目が視野欠損を起こしてしまった。つまり、失明である。

ただ、ダースレイダーを襲う病はそれだけでは終わらなかった。

退院してからも定期的に内科、脳神経外科、眼科の検診を続けたが、腎臓の数値が悪化し始め、2017年、ついに医者から告げられたのだ。

「このまま何も手を打たなければ、余命はあと5年といったところです」。

普通であれば、生きる気力まで奪われてしまいそうなほどノンストップで迫りくる病の数々。40歳という若さで告げられた、わずか5年という余命。

しかし自身の状況を語るダースレイダーは至って冷静で、悲壮感もない。怖くないのだろうか?

「まぁ僕も暗い気持ちにはなるし、落ち込みますよ(笑)。起きたら全部夢だったってことにならないかなぁって思ったり。でも、くよくよして解決するならくよくよするけど、それで良くなることはないですからね。どうやったらこの問題をクリアできるのかをゲーム感覚で捉えているのかもしれませんね」。

後編では、リアルな死と向き合って得た独自の「死生観」と、彼の右目を通して見たオーシャンズ世代たちの生き方についても話をうかがう。

〈後編に続く〉


ダースレイダー●1977年フランス・パリ生まれ、イギリス・ロンドン育ち。吉田正樹事務所所属。大学在学中にラッパーデビュー。現在は自らのバンド「ザ ベーソンズ」で活動するほか、司会業や執筆業など、様々な分野で活躍を続ける。自身の闘病体験を赤裸々に綴った自伝『ダースレイダー自伝 NO拘束』(ライスプレス)も絶賛発売中。


ジョー横溝=取材 池本史彦=写真 ぎぎまき=文

# ダースレイダー# ヒップホップ# 脳梗塞
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