37.5歳の人生スナップ Vol.63
2019.06.13
LIFE STYLE

「目標はW杯じゃない」元日本代表・巻誠一郎が語る本当に“ひたむき”になるべきこと

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「正直なところ、代表に選ばれても選ばれなくても、どっちでもいいなって思っていました」。

こう語るのは、昨シーズン限りで引退した元サッカー日本代表・巻誠一郎(38歳)だ。

2018年のシーズンを最後に引退し、現在はスポーツを通じた社会支援や医療など、さまざまな分野での活動を精力的に行なっている巻さん。

2006年ワールドカップ・ドイツ大会に参加する23人のメンバー発表で、ジーコ元日本代表監督の口から最後に発表されたのは、巻の名前だった。日本中を沸かせたこの“サプライズ選出”を覚えている人も多いことだろう。そのときのアツい気持ちを聞いてみたいと思って質問すると、拍子抜けするほど意外な答えが返ってきたのだった。

巻といえば、184cmの身長を生かしたヘディングや相手に当たり負けしないフィジカルの強いプレーを思い浮かべる人が多いかもしれない。だが、最大の魅力はチームのために前線で走り続け、泥臭くハードワークできる献身性にあった。その「ひたむき」な姿勢にチームメイトは鼓舞され、多くのファンやサポーターは心を奪われた。

チームのため、ファン・サポーターのために走り続けてきた男が、なぜ、冒頭のような言葉を選んだのだろうか。その裏には、巻がプロサッカー選手として大切にしてきた、ある想いがあった。


巻が憧れ、目標としたあの名選手

巻は高校生の頃、あるサッカー選手のプレーに憧れを抱くようになった。その選手とは、当時サッカー日本代表で大活躍していた中山雅史選手(現アスルクラロ沼津所属)だ。

中山雅史といえば“ゴン中山”の愛称で知られ、2度のワールドカップ本大会出場、そしてサッカー日本代表の歴史上で初めてワールドカップ本大会で得点を決めるなど、名実ともに日本サッカー界を牽引してきた名選手だ。

高校時代の恩師に“お前はこういう選手をもっと観たほうがいい”と勧められた巻は、それまで以上に中山雅史選手のプレーを意識して観るようになる。ワールドカップで得点を挙げた試合では、足を骨折しながらもフル出場して走り続け、ファンを魅了した。巻はいつしか、その「ひたむき」な姿に、自分の理想とするプロサッカー選手像を重ね合わせるようになっていた。

冒頭のコメントにある意外な回答の理由は、ここにある。巻は、それほど日本代表やワールドカップに執着していなかった。なぜなら、巻の目標は別にあったからだ。

「僕のプロサッカー選手としての目標は、スタジアムまで試合を観に来てくれた人に、明日も頑張ろうっていう活力を持って帰ってもらうことでした」。

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ブレた時期、そして気づいたこと

憧れた中山雅史に勝るとも劣らないほど、「ひたむき」なプレーを続けてきた巻は、当時所属していたジェフ市原(現在のジェフ千葉)のイビチャ・オシム監督に見い出され、急成長を遂げる。チームの看板選手として活躍し、日本代表にも継続的に選ばれるようになった。

だが、当時の日本代表は、中田英寿や中村俊輔、小野伸二らスキルの高い選手が多く集まっており、そのなかでプレーするうちに自分の目指す姿にわずかなブレが生じ出した。巻も、技術を駆使した華麗なプレーで観客を沸かせようとチャレンジをし始めたのである。

巻の大きな身体からは予想外ともいえるテクニカルなプレーが飛びだすと、ファンやサポーターは確かに喜んでくれた。だが一方で、どこか自分らしくないという違和感があった。

「自分らしくないプレーをすることで、本来のパフォーマンスが徐々に落ちていくんですよ。あと一歩足を伸ばせば……っていうところで、気持ちが入らなかったり、最後のあと一歩で力が及ばないシーンが増えていきました」。

座右の銘の「努力は人を裏切らない」は、巻さんを表すに相応しい言葉だ。本人提供=写真

頭のなかで描いていた理想と現実のプレーにギャップが生まれ、それが次第に巻を苦しめるようになる。ひたむきさを失いかけた巻に、マスコミは一斉に批判を浴びせるようになったのだ。このときのことを思い出すように巻は語る。

「自分はそういう選手じゃないんだと気付きました。でも、早い段階で気付くことができたのは、ある意味、メディアから批判してもらったおかげでもあったんです。やっぱり綺麗にプレーしたいとは思いましたよ。“そんなところでスライディングしてなんの意味があるの?”っていうようなプレーは、やっぱり恥ずかしいものですからね。

でも、振り返ってみると、その一見意味がないプレーひとつで試合の流れが変わることもある。そしてそのようなプレーは、誰もができることじゃないと気付きました。そこからはブレなかったですね」。

本当の「ひたむき」さを手に入れた巻は、2008年のJリーグで11得点を記録するなど、再び以前の輝きを取り戻す。葛藤を繰り返しながらも、泥臭く愚直に走り続けてきたからこそ、チームメイトに信頼され、ファン・サポーターから愛されたのだろう。


熊本地震で発揮した献身的な姿勢

2014年、巻は自身のキャリアの最終クラブと心に決めて、地元・ロアッソ熊本に移籍を果たす。それから5シーズン、精神的な支柱としてチームを牽引してきた。そんな巻にとって大きな転機が訪れたのは、2016年4月のことだった。愛する地元を熊本地震が襲ったのだ。

傷ついた故郷の様子に心を痛めた巻は、溢れる想いを抑えられず、すぐさま支援を決意。自ら熊本のスポーツ選手たちの先頭に立って救援物資を避難所に届けて回り、サッカー教室を開いては子供たちと触れ合って笑顔を取り戻した。

そして、この被災地支援活動を通じて、スポーツ選手のもつ社会的価値を再び認識したという。

サッカーボールを介して子供とコミュニケーションをとる巻さん。熊本地震後の3カ月で訪問した避難所は300カ所を超えた。本人提供=写真

「子供たちと触れ合うと、みんな元気を取り戻してくれるんです。その様子を見て、“サッカー選手の価値はピッチ外でも発揮できる”ということを教えてもらいました」。

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年齢による衰えをカバーしたもの

こうしてピッチ外でのスポーツ選手の可能性を見い出すことができた巻だったが、一方でここ数年は、年齢による肉体的な衰えを感じていたという。そんなときも、巻を支えたのは「ひたむきさ」だった。

Jリーグの試合は、主に週末に行われる。この2、3年間、巻の出場機会は次第に減っていた。チーム内における立場も、自分が思い描く理想とは徐々にかけ離れていった。だが、たった5分しか出場できなくとも、試合に向けた準備を怠ることはなかったという。

「最善を尽くすことだけを意識していたように思います。試合には、それまでに準備してきた1週間のエネルギーをぶつけることだけを心がけていました。5分しか出られなくても、そこに1試合分のエネルギーを注いでいたし、ベンチ外のときでも、それをウォーミングアップに注ぎ込んでいました」。

常にひたむきにプレーする巻の姿は、試合終了間際のたった5分であっても、ファンの視線を釘付けにしたのだった。


引き際、そして次のステージへ

そんな巻が、大きな決断を下したのは、2019年1月のことだった。現役の引退を発表したのだ。

大きな怪我もなく、出場機会もまだまだたくさんあっただけに、突然の引退発表には、関係者はもちろんのこと、ファンやサポーターも驚きを隠せなかった。だが、巻は、ピッチ内で表現できる自分の価値よりも、ピッチ外で表現できるであろう価値のほうが大きいと感じて、引退を決めたのだった。

「自分がクラブの中で求めている理想の姿と、クラブが追い求める理想が合わなくなっていました。自分に嘘をつきながら、心のどこかでモヤモヤしてサッカーを続けるより、次のステージへ向かったほうが、自分の価値を見い出せるのかなと。未練はありますが、それが僕の引き際だったのだと思います」。

巻は自身の引き際について、揺れ動いた心情を吐露するように話してくれた。その未練を断ち切る決断をした巻は、これからピッチ外でどんな価値を発揮しようとしているのか。

「社会のためっていうと規模が大きくなりすぎちゃうので、まずは誰かの助けになること。僕は、誰かのために動くことが、いちばん力を発揮できるんです。これまで、家族のためにお金儲けしようとか、引退後のためにお金を残そうって思って、チャレンジしたこともあります。でも、自分自身あまりエネルギーが湧かなかったんですよね。そのときからですね。誰かのためになることをしようと思うようになったのは。

一番は子供たちのためです。スポーツって、仲間を尊重したりルールを守ったりしながら、問題解決する力を養うことができるもの。子供たちにとって、とても大事なものがスポーツにはあると思っています」。

こう話す巻の表情からは、気負った様子は感じられない。

これまで、巻はピッチ内でもピッチ外でも、ひたむきに自分のできることに取り組んできた。誰かのために走り続けた巻の人生は、ピッチを降りたあともきっと続いていくだろう。なぜならその愚直なまでの「ひたむきさ」こそが、巻だけのアイデンティティなのだから。


瀬川泰祐=取材・文・写真

# 37.5歳の人生スナップ# サッカー# 巻誠一郎
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