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2019.03.30

ライフ

桜と酒にまつわる一席「花見酒」に見るプチ経済論を立川吉笑に聞く

春と言えば花見、花見と言えば酒。今年の春はちょっとこだわった「花見酒」を楽しんでみよう。例えば花見と酒にまつわる落語を嗜んでみる、とか。ビギナーにもわかるように解説をお願いしたのは落語家・立川吉笑さん。オススメの噺とその魅力とは?

【一席目】金儲けを目論んだ酒好きの噺「花見酒」

立川流所属の落語家・立川吉笑。
「花見酒」のテーマに合う落語として、吉笑さんが勧めてくれた噺は3つ。
一席目となる今回は、ドンズバで「花見酒」という噺である。開口一番、吉笑さんは「花見酒」についてこんなふうに話してくれた。
「今回のテーマにはまさにピッタリの噺なんですが、実はマイナーな落語なんですよ。落語家である私でも生で聞いたことが数回しかないくらい。音源もそんなに残っていませんが、やっぱり面白い話で、これが実に落語っぽいんです」。
いったいどんな話なのかと聞いてみれば、吉笑さんはまるで高座に上がっているようにその内容を教えてくれた。

「金儲けをしたい2人の江戸っ子がいたんです。で、ちょうどみんなが向島で花見をやっている時季だったので、『あそこで酒を売ったら儲かるんじゃねえか』と思い立つ。当時はそこに茶屋はあったけど酒は売ってなかったんですね。そこで2人は酒屋で樽酒を仕入れて、それを飛鳥山まで運んで商売しようって企んだんです。
それで実際に樽酒を手に入れて運んでいる道中、 樽から酒の匂いがするからついつい呑みたくなってしまう。 すると、片方の江戸っ子が釣り銭用の小銭を出して、『 金を払うから一杯呑ましてくれ』と一杯。
しばらくしたら、もう1人も呑みたくなってくる。で、 さっき受け取った釣り銭用の金があったから、それを払って一杯… …そうやって2人で金をやり取りしながら酒を飲んでいって、 向島に着く頃にはお互いベロベロ。 酒もすっからかんになっていたっていうネタですね」。
 

『花見酒』は経済理論に適った、理屈っぽく魅力的な演目だ


樽を担ぎながら徐々に酔っ払っていく2人。それだけでも十分可笑しいのだが、吉笑さんは、このネタの意外なポイントを教えてくれた。
「実は『花見酒』は経済方面からもフックアップされることも多い噺なんです。ストーリーを知ればわかるとおり、この話は“お金の理論”を言い得ているんです。お金っていうのは、狭い範囲でグルグル循環しているだけでは価値がなく、何も創出できない。
そういう意味では、テーマとしては割と今の時代と合うと思うんです。だけど、何故かこの落語はあまり普及しない。きっと、どこか理屈っぽいんですよ。そこが魅力でもあるんですけど」。
言われてみれば確かに、お金のやり取りの部分を含めて、理屈っぽいところがないわけではない。でも、それが気にならない何かがこの落語にはある気がする。そんな感想を吉笑さんにぶつけると、こう教えてくれた。
「この噺の登場人物は、金儲けするつもりが酒を優先してしまうわけですよ。つまり、とっても人間らしいんです。落語って“業の肯定”といわれていて、わかり易くいうと『できない人』『ダメなヤツ』を肯定するんです。『花見酒』を聞いて、『こんな人間でもいいんだ』みたいに生きやすさを感じてもらえるんだったら、それは落語の本質的な魅力を理解しているんだと思います」。
 

落語には「生きにくさ」を緩和する役割りがある

インタビュアーは無類の落語好きとして知られるラジオDJ・ジョー横溝さん。
なんだか、落語が伝える“粋”の意味が少しわかった気がする。改めて落語とは何か。吉笑さんに尋ねると……
「落語って基本的には江戸時代のことを描くんだけど、実はその舞台は江戸、明治、ギリギリ大正まであって、それくらいフワッとした“今から見て昔”みたいな時代の話なんです。そして、落語に触れた人はみんな『昔は良かったよね』って過去に思いを馳せる。そうすることで、今の生きにくい感じを緩和する役割りがあるんだと思います。
それこそ“落語の住人”たちは資本主義経済で生きていないので、現代人から見たら『そう生きられたらいいよね』って共感できるんです。貯金もしなくていいし、宵越しの銭を持たなくてもなんとかなる。その日だけ仲間と酒飲んで楽しかったらいい。
本当は我々もそう生きたいけど、やっぱり現実問題それだと将来不安ですよね。落語は、不安と楽観のちょうど中間部分をくすぐってくれる。だから穏やかな気持ちになれるんだと思います」。
 
知る人ぞ知る名演目『花見酒』。僕たちも春くらいは気の向くまま、酒でも呑んで酔っ払ってもいいかもしれない。
立川吉笑
落語家。京都市出身。立川談笑門下一番弟子。2010年11月、立川談笑に入門。わずか1年5カ月のスピードで二ツ目に昇進。古典落語的世界観の中で、現代的なコントやギャグ漫画に近い笑いの感覚を表現する『擬古典<ギコテン>』という手法を得意とする。勢力的に落語会を開催し、各種メディア出演も多数。著書に『現在落語論』(毎日新聞出版)。
ジョー横溝=取材・文


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