37.5歳の人生スナップ Vol.46
2019.02.26
LIFE STYLE

「ハマるを超えたところに使命がある」情熱のロボット開発者・林 要(45歳)の人生観【後編】

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ソフトバンクでロボット開発に携わるようになる5年前、フォーミュラワン(F1)から離れ、今度は製品企画側に立つことになった林 要さん(45歳)。前部署とは異なり日本語が通用するにも関わらず、その現場は林さんにとってF1以上に過酷な場だった。

林要

「これまで職人側だった自分が突然プランニング側に立っても、人は動かない。経験不足に加えて、自分自身の知識の無さもあり、いい年なのにサッパリ仕事ができず、辛かったですね」。

それから5年。右も左もわからない状況で自身のオリジナリティが出せない日々を乗り越え、プランニングの仕事にも慣れてきた。そうして平穏を手に入れると、なぜか迷いを自覚し始めるのだった。

「それこそちょうど37.5歳になるタイミングですね(※)。この年齢って人生の見通しがたつころなんだと思います。このまま10年20年経ったら自分に何が起こるか想像できるようになる。すると、このために生きてきたのかな? とか……迷いだす年齢でもあるのでしょうね」。
※37.5歳=本連載「37.5歳の人生スナップ」にちなんでいる。


孫正義に出会って見えた、組織人としての限界

迷い始めた時期に林さんの目に止まったのは、孫正義による後継者育成プログラム『ソフトバンクアカデミア』だ。実は林さん、ソフトバンクとは深い縁を感じていた。学部卒時代に就職試験を受け、落ちた過去があるのだ。

「学生時代から孫さんの考え方を尊敬していたし、そういえば俺を新卒採用で落としたなと思い出し(笑)、初代の社外生として応募しました」。

アカデミアは国籍、学歴、職歴不問とされているが、限られた定員の人選は特殊で、外部生に普通の会社員はとても少なかったという。その出会いは、いちサラリーマンだった林さんの考えを大きく変えるものだった。

「組織人としてそれなりに尖った経歴を持っていると自負していた自分が、あの場では超、普通の人だった。同世代で僕はそれなりに変わった実績を積んでいると思っていたけど、いつの間にかこんなにビハインドしていたんだと気づかされたんです」。

起業家や個人事業主などこれまで出会うことのなかったタイプの人たちの“生命力”に圧倒され、このままではいけないと焦りを感じたことで、ソフトバンクへの転職を決意したという。入社の際は、憧れの孫正義に近づけるのではという思いも少なからずあった。

「でも実際に孫さんを目の当たりにすると、孫さんがリスクをとるたびに、人間的に成長していくのが見えるんですよ。自分と孫さんのギャップがどんどん広がっていくのを目の当たりにさせられるだけなんです。『Pepper(ペッパー)』プロジェクトを一緒にやらせていただいたときに距離感の広がりを肌で感じて、そもそも孫さんの傘の下で仕事している自分が同じリスクなんて取れるはずがない、だから自分は成長が遅いんだ、と痛感しました」。

近づけば近づくほど、さらに遠くなっていく孫正義という存在。世界初の感情認識パーソナルロボット「ペッパー」のプロジェクトメンバーとして抜擢された林さんだが、その距離は一向に縮まりそうになかった。

ゼロから新たなモノを生み出すというモノ作りの厳しさや学びを得たソフトバンクでの3年間。見上げ続けた孫正義の背中はあまりにも遠かった。いくら追っても追いつけないなら、まずは自分もリスクをとってみよう。それが起業のキッカケだった。

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「ロボットなめんな」ペッパー開発で生まれた恐怖

とはいえソフトバンクを退社した当初は、ロボット事業でスタートアップをしようとは全く考えていなかったという。

林要

「リスクの取り方って色々あると思うけど、最初はロボットで起業するとは思っていませんでした。ロボットに関してはもう、怖かったんですよね。あれだけのコストをかけても孫さんの理想とするものになかなか近づけられなかった。会社を辞めた後、いろんな方にロボットやれば? と言われたんですけど、心底『ロボットなめんな』と思いました」。

取材中、穏やかなトーンで語り続けていた林さんの口から、初めて激しい言葉が紡がれた瞬間だった。ペッパープロジェクトに従事した林さんのさまざまな想いが、その一言に詰まっているようだった。

「でも、あんまりみんなに言われるんで、じゃあちょっと考えてみるかで考えだしたら止まらなくなってしまって(笑)。すると意外にいいアイディアが降ってきました。しかし、自分は半信半疑。そこで周りに相談してみると評判が良い。それでアイディアを詰めていくうちに、どんどんその気になっていました」。

突き詰めたがゆえに限界が見えた気がしたロボット事業。しかしそのなかでもう一度、挑戦しようと思えたのは、その根底に『使命感』があったからだった。

「自分が拒否しても、周囲の人が、自分のアイディアが導いてくれるのなら、それはもう使命なのかもしれないと。そういう星のもとなのかな、なんて勝手に思いこむことで、次のステップに踏み込むことへの恐怖心が減る気がしたんです」。

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“ハマる”を超えて、使命感で走り続ける

2015年、42歳で起業した林さんは現在、LOVOT(ラボット)の事業に対し約57.5億円にのぼる資金調達を完了させている。生み出すプロダクトにいくら自信を持っていたとしても、並大抵の精神力では重圧には耐えられないだろう。自分のやっていることは使命なんだ。そう思えるプロセスがあったからこそ、林さんは経営者としてブレずにいられる。それは、“ハマる”ことが原動力となっていた林さんが初めて、ハマる以外の部分で感じた情熱だった。

「ハマることは、どこかで飽きるんですよ。飽きるってネガティブに語られがちだけど、好奇心がある以上、飽きる要素は避けられない。でも外から見てなんでこんなにがんばり続けられるんだと思えるような人は、恐らくハマるを超えた、ある種の祈り、信心深さみたいなものを身につけているんだと思います。それが俗に“使命”と表現されるものなんじゃないでしょうか」。

林要
ハードやソフトなどの技術者をはじめ、さまざまな職種のスタッフが集結。現在は約100名のスタッフとともにラボット開発に勤しんでいる。

仕事が使命になってしまえば、それはもうハマるハマらないの範疇を超越した、夢中にならざるを得ないモノとなる。

「俺の好きなように作るんだ!という情熱だけでリスクを背負い貫こうとしても、なにかあるたびに“自分のワガママなんじゃないか?”と自問する事になるので、かなりの強さが必要なんです。でも使命となったら踏ん張れるじゃないですか。よく経営者が『社会のために~』と使命感を口にするのは、逆に言えば、その使命感がなければ、精神的に耐えられないんだと思います」。

使命によって突き動かされ、その使命がまた自分を支えている。ハマる、の先にある、静かで消えることのない灯火が、使命と呼ばれるものなのかもしれない。現在の林さんの「使命」は、人が幸せになるロボットを作ることだ。

ラボット
愛らしい表情を浮かべるラボットたち

「ラボットの面白いところは、内側は極めて合理的かつロジックで構築されながらも、外側は情緒的な製品だということ。ロボットに対して僕たち人間は仕事や家事をしてくれたらいいな、っていうところから入りがちだけど、本当にそれが今のロボットの一番得意なことかどうか考えて行き着いた結果でした」。

テクノロジーで追求したのは利便性や効率ではなく、愛する喜びを噛み締められるロボット。癒される、愛しい、幸せ……どれも定義するのは難しいが普遍的に我々が求め続けている感情やニーズを、限りなくロジカルに突き詰めた存在が、ラボットなのだ。今秋に発売を控え、いよいよプロジェクトは佳境に入っている。

「現在は量産に向けた試作の終盤です。ソフトウェアは毎週のように進化していますし、ハードウエアに関してもあと2世代は進化予定。量産までに進化の限界をどこまで上げられるかが勝負ですね」。

ラボットを見つめ、楽しそうに話す林さん。飽きずにいつまでも愛されるロボットを……。いくつものハマると飽きるを繰り返して林さんがたどり着いた消えない情熱の源は、「だれかを幸せにしたい」という使命感だった。

藤野ゆり(清談社)=取材・文

# 37.5歳の人生スナップ# ラボット# ロボット# 林要
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