OCEANS’s PEOPLE ―第二の人生を歩む男たち―
人生の道筋は1本ではない。志半ばで挫折したり、やりたいことを見つけたり。これまで歩んできた仕事を捨て、新たな活路を見いだした男たちの、志と背景、努力と苦悩の物語に耳を傾けよう。
須永 司は現在35歳。「エジプトめしコシャリ屋さん」の主人である。それは、今のところ1台のキッチンカー。ブルーの車体を目印に、首都圏近郊に日々出没。お昼時のビジネスマンの腹ペコを満たすだけでなく、週末にはさまざまなイベントに出動。少しずつ固定ファンを増やしている。ひとりで店を取り仕切る須永は、京都の有名私大を卒業後、電子部品メーカーで営業職として活躍。将来を嘱望されていた。が、社会に出て10年を経て、あっさり退職。「コシャリ屋さん」へと転身した。
そのストーリーを紐解くのだが……いや、ちょっと待て。そもそも「コシャリ」ってなんなのだ。
エジプトでのコシャリとは、日本における牛丼的なもの
最大で15人ほどの行列ができていたキッチンカーのカラーリングは青と金。青は生命と再生の象徴、金は太陽神・ラーのシンボルカラー。まさにエジプトを象徴する配色である。
「いらっしゃい、何にしましょ?」
車から少し身を乗り出すようにして、須永司はひとりずつ注文を聞いていく。かつて日産自動車本社ビルだった建物の裏手の空きスペース。須永の青と金の車以外には、5台のキッチンカーが出店している。ジャンバラヤに南インド料理、タイ料理、ローストチキン、タコライス……基本、“ごはんと肉”のガッツリ系ばかり。そしてどのクルマについても、どんな料理を提供するかはだいたい想像できるだろう。須永司の「コシャリ」以外は。
コシャリはエジプトの国民食である。“家庭の味”というわけではない。須永さんによると、日本における牛丼とかラーメンみたいな位置づけらしい。どこにでもお店があって、エジプトの人たちは「コシャリでも食う?」なんて、普段から気軽に食べているのだという。
だが「コシャリ」をネット検索すると、須永の店と錦糸町の別の店ぐらいしかヒットしない。あと、見よう見まねで作っているレシピ紹介のページと。日本でのお馴染み度は、まだまだそんな感じ。……ていうか、食べたことないでしょ?
「お待たせ!」
オーダーを受けてからおおよそ1分10秒後、コシャリが供された。
ピラフの上にトマトソース。茹でたマカロニを乗せ、ひよこ豆とフライドオニオン、ローストチキンのフレーク。これをスプーンで完膚なきまでに混ぜる。混ぜる。混ぜる。一体化したところでワシワシとかきこむのである。
実際に食べてみたが、未知の風味と食感。
トマトの酸味にエキゾチックなスパイスのフレーバーがよく合う、ムチっとしたパスタとザクザクしたフライドオニオン噛み応え、それらを受け止めるピラフ。
食べたことないジャンクな佇まい。なのに、ここには食感のハーモニーがある。麺と飯を同時に食す炭水化物フェスティバルで間違いなく男子好みのガッツリ飯でありながら、意外に女性たちにも人気の模様。調理の段階で油をほとんど使っていないらしい。実は見た目に比してヘルシーなのだという。オプションのレモン汁とホットソースも味わいと風味を際立ててくれる。
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