37.5歳の人生スナップ Vol.26
2018.10.22
LIFE STYLE

仕事の虫だったアートディレクターが、海の近くに移住したワケ

連載「37.5歳の人生スナップ」
人生の折り返し地点、自分なりに踠いて生き抜いてきた。しかし、このままでいいのかと立ち止まりたくなることもある。この連載は、ユニークなライフスタイルを選んだ、男たちを描くルポルタージュ。彼らの生活・考えを覗いてみてほしい。生き方のヒントが見つかるはずだ。

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「辻堂は、ちょうどいいんです」。

都内の大手デザイン事務所で働く佐伯英範さん(41歳)は、辻堂の魅力についてそう話す。

辻堂海浜公園で開催された「THE GREEN GARDEN FESTIVAL 2018」。10月にしては強く照りつける日差しのもと、佐伯さんは「ブッシュクラフト教室」の先生役を務めていた。

「ブッシュクラフト」とは、最低限のギアだけで自然を楽しむアウドドアだ。この日は、着火剤や新聞紙を使わず、ナイフに薪、麻ひも、ファイヤースチールによる火起こしを、子供たちにレクチャー。ブッシュクラフトに参加するメンバーのほとんどは、ここ辻堂に居を構える。

「辻堂は人と人との繋がりが強くて、どんどん輪が広がっていくのが魅力なんです」。

「20代、30代は仕事しかしてこなかった」と話す佐伯さんが、辻堂へ移住したのは38歳のときだ。アートディレクターとして、大手メーカー製品やカフェなどのデザインプロデュースを手掛けるなど、忙しい日々を過ごすことは変わらないが、現在は辻堂から職場のある都内を往復している。30代後半で新天地での生活を決めた理由を聞いた。

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19歳で上京。東京暮らしが長かったが、30代後半でふと思いついた

特別大きな夢があったわけではないが、昔から絵を書くことが好きだった。高校卒業後、父親の転勤とともに大阪に移り住んだが、自分の特性を活かしたいと1年間働いて資金を貯め、デザインの専門学校へ入学した。

「専門学校の卒業後は、制作会社のデザイン部門に入って、レコードのジャケット制作などの経験を重ねました」。

その頃の居住地は、東京都練馬区。幼少期を過ごした神奈川、大阪とも違う、なじみのない場所だ。デザインの仕事は東京に集中しており、働くならば当然、東京に住むもの。そう感じたからこその選択だった。

「本当は山手線沿いに住みたかったんですけど、まあ家賃が高い。それで練馬に……。住みやすくて結局ずっと練馬にいたんですけどね(笑)」。

20代30代のほとんどの時期を練馬で過ごし、移住を決意したのは、今から3年前。何かきっかけがあったのだろうか。

そう尋ねると、「あの頃は疲れていました」と言葉少なに苦笑い。

「誤解を恐れないで言うと、仕事にも生活にも刺激を感じなくなっていた時期だったんです。昔から好きだった海の近くにどうしても住みたくなって……、辻堂ってちょうどいいんです。アクセスが良くて、職場にも乗換なしで1時間で行ける。自然も豊かだし、いい意味で栄えすぎていないところも好感が持てました。ぼくにとっては藤沢は都会すぎて、茅ヶ崎はちょっと寂しく思えた」。

もともと海が好きで、地元だった海老名から足繁く通い、小さい頃の趣味はボディーボード。歩いて5分で海を感じられる辻堂に惹かれた。ふらりと訪れたまま、物件を見て即決。さらに引っ越しを決めた際、これまで使っていた家具や家電はすべて捨ててしまったという。

「部屋のまんなかに新しく購入したベッドをひとつ、ポンと置いて。仕事用デスクもなくて、ダンボールの上で仕事をしています(笑)。前の家からは何も持ってきませんでした。それで十分だと思えたんです」。

そう話す表情はとても晴れ晴れとしている。移住と一緒に、モノも、こだわりも、さまざまな執着を東京に置いてきたようだ。

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移住してから「オンオフの切替」がうまくなった

移住して改めて感じる辻堂の魅力について、佐伯さんは「オンオフの切り替えができる場所」だと話す。

「都内に住んでいたときは、休日も仕事のことしか考えていませんでした。僕、気持ちの切り替え方がヘタで、夜中も仕事のことが頭にあって眠れない日もあった。辻堂に来てからは、そうやってモヤモヤと過ごす夜がなくなったんです」。

確かに、辻堂海浜公園に立ち並ぶヤシの木を眺めていると、ちょっとしたバケーションに来たような開放感がある。溢れる緑の鮮やかさと、ほのかに漂う海の匂い。都心に近いオアシスは、案外こんなところにあったのかもしれない。海の近くに住んだことで、日々の生活への意識も変わったようだ。

「これまで仕事だけに重きを置いていましたが、こっちに来てからは、徐々に生活にシフトしていった。もちろん今でもデザインの仕事は大好きですが、それと同じくらいライフスタイルを重視するようになりました」。

東京にいたころは、休日は家から出たくなかった。それが休息の形だったのだ。でも今は、ちょっと歩いてみよう、海を見にいこう……と外に出たくなるという。そしてそんな過ごし方をしているうちに、ごく自然と、辻堂での顔見知りが増えていった。

東京に10年以上住んでいても感じられなかった繋がりを、ここ辻堂では感じることができる。辻堂で育んだ絆は、たった3年の間に深い結びつきとなっていた。

「ここで知り合った人の行動力や価値観が、仕事にもいい影響を与えてくれる。行動したり挑戦したりするには、やはり体力も必要だし、バイタリティのあるうちに移住できてよかったなと思います。もっと早くこっちに来ても良かったなというくらい。辻堂にはずっと住んでいきたいですね」。

仕事と生活がうまく混ざりあった先にある街、辻堂。東京でバリバリ働いているからといって、必ずしも東京に住まなければいけないわけではない。

そのことに気づいた佐伯さんは、海の見えるこの街で、新たなスタートを切った。額に汗を滲ませながらブッシュクラフトに夢中になる、その笑顔は生き生きとしていた。

 

藤野ゆり(清談社)=取材・文

# 37.5歳の人生スナップ# 移住# 辻堂
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