OCEANS’ PEOPLE ―第二の人生を歩む男たち― Vol.2
2018.06.23
LIFE STYLE

元プロ野球選手・木村昇吾がクリケットで描く未来の自分像

OCEANS’s PEOPLE ―第二の人生を歩む男たち― Vol.4
人生の道筋は1本ではない。志半ばで挫折したり、やりたいことを見つけたり。これまで歩んできた仕事を捨て、新たな活路を見いだした男たちの、志と背景、努力と苦悩の物語に耳を傾けよう。元プロ野球選手・木村昇吾は、なぜクリケットに転向し、世界を目指しているのか。その最終回。

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5月27日よりクリケット日本プレミアリーグ(JPL)が開幕している。横浜が地盤の「南関東スーパーキングス」、昭島市の昭和公園陸上競技場をホームとする「西関東ハリケーンズ」、佐野市国際クリケット場の「北関東ライオンズ」、千葉県山武市がベースの「東関東サンライザーズ」。それぞれの地域を代表する選手たちを招集した4つのチームがホーム&アウェイで戦い、覇権を争う。

南関東には昨年のMVP、インド出身のサバオリシュ・ラヴィチャンドラン選手が所属。昨年の覇者・北関東には、元ネパール代表のラージュ・プラダーン選手が睨みを利かせる。東関東では、ジャマイカで活躍した西インド諸島出身のダヴィアン・ジョンソン選手が加入。そんな選手たちに混じって西関東で注目を浴びるのが、木村昇吾である。

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■その日、木村の打席は2球で終わった

JPLは、クリケットが盛んな国々の選手も多数参加する、日本で行われる最高峰リーグである。だがプロではない。彼らの多くは日本で仕事をしながらプレーをしている。

ここで一切目立たないようであれば、木村昇吾のプロクリケット選手への転身も、まったく成功とは言えない。日本を圧倒し、本場のプロリーグでの需要がないようでは、「チーム昇吾」の存在価値はない。

シーズン開幕前、ワイヴァーンズクリケットクラブの一員として、日本学生選抜とのゲームに参加した木村を見に行った。4月末のことだ。場所は、東京・昭島市の昭和公園陸上競技場。前述のように、クリケットの本格的なフィールドは130m×140mの楕円である。それをなんとかかんとか、陸上のフィールドで代用する。

その不十分感たるや! 野球場を無理やり長方形のスペースに収めるほど、無理がある。そして非常に牧歌的。週末のレジャーとして、大学のサークルの試合を見に来たような空気感なのである。

この時、私たちはまだ木村と話をしていなかった。だから、その和やかな試合の佇まいに違和感を覚えずにいられなかった。果たしてここから本当に海外のプロリーグでのプレーを目指せるのか。

クリケットは攻守交代が1度しかない。1チームがまず攻撃権を失うまで攻め続ける。相手チームはその間ずっと守り続ける。いわば非常に長い1回の表裏だけで終わる。打者はアウトにならない限り、延々と打席に立ち続けることができる。大まかにいうと、アウトになるのは打球をダイレクトにキャッチされた時。そして、打者の背後にあるウィケットにボールを当てられた時。

2時間以上の守備の後、打席に入った木村はこの日、2球目のボールをウィケットに当てられた。木村には悪いけれど、青空の下、清々しい芝生の上でボウラーの放った球が、木の柱に命中し、乾いた音とともに上に乗った板を落とす瞬間、とてつもないカタルシスがある。サッカーのゴールシーンにも似た、これがクリケットを見る面白さのひとつなのかもしれないと、少しわかる。

だが、打者としての木村の仕事はそれだけで終了。この日、彼にはそこから挽回するチャンスはない。

「こんなところで2球で終わってしまうのが、僕の今の立ち位置です。オレは元プロ野球選手だ! ちゃんと当てればたくさん点が取れるんだ! とか言っても何の意味もない。泣こうがわめこうが、それがその日の僕のすべて。2球でアウトになったとき、悔しくて悔しくて眠れませんでした。早く練習がしたくてしたくて、試合に出たくて出たくて……」

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■その日、木村はなかなか戻ってこなかった

日本代表に選ばれた木村は、その1週間後、佐野国際クリケット場で汗を流していた。スタートは、敷いたばかりの芝生から無秩序に飛び出してくる雑草をむしるところから。20歳近く年下の若者たちに混じって、一所懸命に草を抜く。声をかけ、笑いあう。

「人として多くのことをすごく与えてもらってる気がします。大学生とか普通の子たちとこんなふうに話して、ギャップを感じながらもいろいろな新しい刺激を得て、僕は今、彼らとイコールなんだと思っています。最初は彼らとしても、遠慮というかもの珍しさみたいなものもあったんじゃないかな。えらく年上だし、元プロ野球選手だし。そこは自分から歩み寄っていかないといけないと思って普通にしゃべってますよ。練習場を借りたときの、端数を誰が払うかみたいなじゃんけんも、真剣にやりますし(笑)」。

きっと「おれが払っとくよ」っていうほうが楽なのに違いない。でもそんな些細な点での仲間へのスタンスはあくまでニュートラル。でも競技に対してはがむしゃらで、極めて謙虚に教えを請う。合宿初日の練習終わり、話を聞こうと待っていると全然木村は戻って来ない。

見ると、バットを手に、何やらチームメイトと話し込んでいる。足の位置を決め、足元からすくい上げるようにバットを振り上げる。打面を前でキープしたまま、途中で止めては角度を気にし、振りかぶっては足の位置を修正する。

「足元への投球を左右や背後に打つやり方を教えてもらってたんです。いやあ難しいです。僕には圧倒的に経験値が足りなくて、試合中でも“ここはこうしたほうがいいな”って気づくことがいっぱいあるんです。そこで思ったことを体の動きでいかに再現するか。前に打つだけならいくらでも打てる。野球でのミートポイントで30年打ってきたのが、膝の前のボールで打たなきゃならないでしょ? 例えばミートポイントで打つ技術は持っている。でもそれがまだクリケット仕様になっていないんです。ここは練習と技術習得しかないですね。でも僕がもし、代表のみんなが持ってるようなクリケットの技術を手にしてしまえば、鬼に金棒だと思うんです」。

さらにその約10日後、まとまった時間を取ってもらって、立川駅のカフェで話を聞いた。
ここまでのインタビューの大半は、その時の木村の言葉だ。

「直近の日曜日に試合がありまして。それはワイヴァーンズでやったんですが、相手は日本在住のインド人のチーム。彼らはディビジョン3(数字が小さい順に上位のリーグ種別)ですが、新結成されたチームなのでディビジョン3からのスタートというだけで、実力的には僕らよりもずっと上。試合にも負けました……」。

そう話す木村の表情は明るい。

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「前に昭島で取材してもらったとき、僕、2球で終わったじゃないですか。でもこの日曜日は、26球で62点取りました。『シックス』が5本で『バウンダリー』が6〜7本出て、『ストライキングレート』は238。こっちのほうに撮影に来てもらったらよかったな(笑)」

「シックス」とは、競技するフィールドの外枠をノーバウンドで越えること。文字通り1打6点。「バウンダリー」はゴロで外枠を超えること。こちらは1打4点。「ストライキングレート」とは打率のようなもの。ただ、打席に対する安打数ではなく、1球に対する得点数。1球あたりその打者が何点取ったかを示す値だ。238というと、1球あたり2.38点。クリケット関係者によると、これ、トンデモナイ数字らしい。日本人でこの値を叩き出したものはいないのではないか、と。

「日本代表の合宿に4日間行って、日本で一番うまいヤツらと練習できて、経験値を積んでスキルアップして、感覚的なところも追い込めた実感があって試合に臨んだらそんな結果が出ました。でもまた同じことを次の試合でできるかというと、決してイエスではない。相手チームも投げるボウラーも違います。ただ明確に自信を得ることができました」。

そしてこの翌日、木村昇吾はインドに旅立った。世界最高峰の「インド・プレミアリーグ」を目の当たりにするために、今の自分がそこに参加したときどこまでやれるのか実感するために。

インド視察時、プロの試合を観戦する。世界のトップリーグはこんなスタジアムで戦っているのだ。お隣は元クリケット日本代表の斎田直朗さん。

木村昇吾の挑戦はまだ始まったばかりだ……と言いたいところだが、本人も言うように、そんな悠長な考えではダメなのだ。そして、ここは木村がアスリートとしての自分を100%出せると判断して選んだ場所。

取材時には「遅くとも9月にはオーストラリアに渡る」と覚悟を語っていた木村だったが、出発は6月半ばに早まり、すでに現地に渡っているという。日々、彼は経験を積んでいる。その尋常ではない成長速度と日本人離れした挑戦を、ぜひ見守っていこう。


【Profile】
木村昇吾
1980年4月16日生まれ。大阪府出身。尽誠学園高、愛知学院大を経て、2002年ドラフト11巡目で横浜ベイスターズ(現・横浜DeNAベイスターズ)に入団。’08年に広島へ移籍。内外野を守れるユーティリティープレーヤーとして活躍。16年より西武ライオンズ。同年、右十字靭帯断裂。翌年10月に戦力外通告を受ける。現在、クリケット選手。2018年1月より本格始動し、わずか2カ月で日本代表に選出。

武田篤典=取材・文 稲田 平=撮影

# OCEANS’s PEOPLE# クリケット# 木村昇吾
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