37.5歳の人生スナップ Vol.3
2018.05.14
LIFE STYLE

30代なら回り道も楽しい。育児休業をきっかけに大学院進学まで挑戦した男

連載「37.5歳の人生スナップ」
もうすぐ人生の折り返し地点、自分なりに踠いて生き抜いてきた。しかし、このままでいいのかと立ち止まりたくなることもある。この連載は、ユニークなライフスタイルを選んだ、男たちを描くルポルタージュ。鬱屈した思いを抱えているなら、彼らの生活・考えを覗いてみてほしい。生き方のヒントが見つかるはずだ。

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「主夫」という生き方を選んだ男たち。主夫をテーマとした3回目の最後を飾るのは、勤務先で育児休業を取得する男性社員第一号となった兼業主夫。育休をきっかけに彼の世界はどんどん広がり、家事・育児に仕事、学び直しにまで挑戦したという。


「イクメン」という言葉もない時代に育児休業を取得

小学校6年生の長男と2年生の長女の子供ふたりを育てる鈴木祐之さん(39歳)が「兼業主夫」となったのは、今から11年前に育児休業を取得したことがきっかけだった。

まだ「イクメン」という言葉すら認知されていなかった時代。若者言葉のイクメンが国会で取り上げられ、一般的に普及し始めたのは2010年以降とされる。鈴木さんは、その何年も前から積極的に家事・育児をする主夫だった。

当然、育休を取る男性もいなかった。厚生労働省の調査によると、2006年に育休を取った男性はわずか0.57%。そんななかで、無謀にも好奇心旺盛な鈴木さんは、長男が生まれたときに「面白そうだから」という理由で勤務先に育休を申し出る。ほとんど前例のない挑戦だ。

「システムエンジニアとして製造業系の会社に勤めていて、子供が生まれるまでは毎日のように終電で帰るような仕事中心の生活でした。だから、会社に育休を申請すると、上司はすごくとまどっていましたね。『本当に取るの?』と。反対するというよりはポカンとしている印象でした」(鈴木さん、以下同)。

そこには、大学教員として研究職をしている4歳年上の妻のアドバイスも大きかった。

「その頃の妻は、ちょうど男性の育休の研究をスタートしようとしているところでした。そんな妻に『やってみたら』と背中を押され、今思えば本当に気楽に、それでも自らが率先して妻の研究のモデルとして、これからの育児世代のファーストペンギンとなるような気持ちで育休を取ったんです。でも、それによって人生がここまで大きく変わるとは、想像もしていませんでした」。

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「育児より仕事のほうがはるかに楽」と感じた日々

育休の期間は、生後7カ月の長男が1歳半になるまでの1年間。子育ての環境のことも考え、同時に鈴木さんの実家がある名古屋に引っ越すことにした。

そうして始まった主夫業だが、新天地では想像以上に大変な日々が鈴木さんを待っていた。その最たるものが、初めてとなる子育てのむずかしさだ。

「正直、なにが『育休』だと思いましたよ。だって、全然休む時間がないんです。世の中には『育休=仕事を休めて楽できる期間』という印象を持つ人もいるかもしれませんが、まったく逆です。仕事のほうがはるかに楽でした」。

念のためにいうと、鈴木さんはもともと子供好きで、家事も苦にならないタイプ。それでも、初めての育児は逃げ出したくなるほど大変だったという。

夜は子供を寝かしつけるとその間に離乳食を作り、鈴木さんも横になって目を閉じるが、すぐに夜泣きが始まる。昼寝も思うようにしてくれないので、そのたびに公園などに連れて行く。休む時間などなく、もちろん乳児である長男とはまだ言葉のコミュニケーションを取ることはできないので孤独を感じるし、毎日が予測のできない思うようにならないことの連続なのだ。

もちろん、合間には、掃除や洗濯、食事の支度などの家事もこなさなければならない。世の育児に専念している母親たちはこんな苦労をしているのかと改めて身をもって知ることになった。

しかも、当時はめずらしい育休中の主夫だったので、悩みやストレスをぶつけ合える育児中の友人もそばにいない。「気持ちをはき出せる場所がないこと、その孤独感がもっともつらかった」と当時を振り返る。

難しい子育てが楽しみに変わったのは育休の半ばを過ぎたころだ。

「大人になると、なにをするにしても、多くの場合は想定の範囲内のことしか起こらない。でも、子育ては違います。育てるというのは『思い通りにならなくても投げ出さずに向き合っていくことなんだ』と痛感しました」。

子供を育てているようでいて、実は自分自身も育てている。そのことに気づいてから、子供への向き合い方も以前と変わっていったという。

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家事・育児のかたわら、往復12時間かけて大学院へ

1年間の育休を終えた鈴木さんに、もうひとつ転機が訪れる。職場復帰したとはいえ、長男はまだ幼く、妻の仕事も忙しい。どう考えても以前のような働き方はできない。そこで、選択肢に浮上したのが転職だ。

「当時は30代になったばかりでした。育児を最優先に考えて、もっと柔軟な働き方ができないかなと思ったとき、自身の経験を活かしつつ社会に貢献できるNPOに意識が向き始めたんですね。それで考えた結果、時間や働き方への理解もあった環境系のNPOを見つけて働くことにしました」。

鈴木さんはそうしたNPOでの経験を活かし、東京に戻ってから自ら立ち上げた「NPO法人グリーンパパプロジェクト」で、現在は副代表理事を務めている。ワークライフバランスを整えるだけではなく、育休中の経験を元に、「主夫としてはもちろんのこと、父親の多様な生き方を広める」活動をスタートさせたのだ。

育休中には育児サロンに、保育園時代には保護者会にも積極的に参加し、その結果保育園の父母の会では会長も務めた。父母のつながりを意識した背景には、育休中に感じた孤独がある。

さらに「自分にしかできない経験と根拠に基づいた発信をしてみたい」と考え、思い切って大学院での学び直しも始めた。取り組んだのはパタニティ(これからの新しい父性)の研究だ。

「名古屋の大学院の修士課程だったのですが、仕事と主夫としての家事・育児があったので、卒業するのに4年もかかってしまいました。しかも、途中で妻の仕事の関係で東京に戻ることになったので、学び直しの後半は高速バスで片道6時間かけて大学院に通っていましたね」。

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30代は積み重ねてきたものを壊して再構築する時期

こうした旺盛な活動は、今思えば主夫として育休を取ったことがきっかけだ。もっといえば、子供を持ったことがすべての始まりともいえる。

「子供と向き合うことで、自分の新たな使命ができたような気がしました。何か行動を起こせば、どんどん世界は広がっていく。僕が思うに、30代って、それまで自分が積み重ねてきたものを一度壊し、そこから再構築してもいい時期ではないでしょうか。40代をどう過ごしたいのかが固まらない人には、回り道してみるのも楽しいですよ、って言いたいですね」。

ただし、柔軟な生き方をするには家族の理解やサポートが不可欠だ。鈴木さんは取材中、妻への感謝を何度も口にしていた。夫婦それぞれが相手に協力する二人三脚があったからこそ、鈴木さんの現在のライフスタイルがある。

「育休を取る以前から、結婚当初から、妻に思いっきり仕事をしてほしいという思いがあったんです。彼女はもっと上っていける人で、それを僕が支えていきたい。裏側で支えるほうが僕の性に合っているんですよ」。

兼業主夫という生き方は、そのための方法のひとつ。一人ひとりのライフスタイルによって、選択肢は無限に広がる。「30代なら、回り道してみるのも楽しい」という鈴木さんの言葉がなんとも印象的だった。

藤野ゆり(清談社)=取材・文



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