看板娘という名の愉悦 Vol.9
好きな酒を置いている。食事がことごとく美味しい。雰囲気が良くて落ち着く。「行きつけの飲み屋」を決める理由はさまざま。しかし、なかには店で働く「看板娘」目当てに通い詰めるパターンもある。もともと、当連載は酒を通して人を探求するドキュメンタリー。店主のセンスも色濃く反映される「看板娘」は、探求対象としてピッタリかもしれない。
前回は、新宿ゴールデン街のバーで働く看板娘をご紹介した。今回向かったのは、またもや同じスポット。しかも、午前11時だ。
ゴールデン街には、この時間帯でも営業しているバーがある。そう、前回訪れた「珍呑」のオーナーが営む店だ。
同じビルの左側1階が、目指す「シャドウ」。
「シャドウ」はなんと24時間営業。女性スタッフが昼夜のシフト交代で回している。たまには落ち着いて話を聞こうと、酒好きが一番おとなしくなる時間帯を選んだ。
聞けば、皆さん昨晩から飲み続けているらしい。体力がないとできない所業だ。
今回の看板娘は、月曜日に午前6時〜正午というコンビニバイトのようなシフトを担当するエリカさん(23歳)。まずは、大好きだというビールをいただこう。
エリカさんは浜松出身で、大学進学を機に上京。好きなネットアイドルが働いていると知って「シャドウ」を訪問。本人には会えなかったが、楽しそうな雰囲気に惹かれて自分が働くことにしたそうだ。
「東京には高校時代からよく遊びにきていたんですよ。コミケに行ったり、オタクショップを巡ったり。当時、ネットカフェの存在を知らなかったので錦糸町のカプセルホテルに泊まってました」
現在はここで生活費を稼ぎながら映画製作や役者活動に励んでいる。
「卒制で撮った映画がイメージフォーラムフェスで約500作品の中からの11作品にノミネートされたんですよ。これ、ちょっと自慢なので書いておいてください(笑)」
ところでエリカさん、ユニークな柄の洋服を着ていますね。
「あ、これは通販で買いました。かわいくないですか?」
ここで、隣の男性が緑茶ハイを注文。よし、僕もそれに乗っかろう。「濃いめにしますか?」と聞かれたが、残念ながら今日は仕事が残っている。泣く泣く「いや、普通で」と返した。
今回も楽しくなってきたが、冷静に考えるとまだお昼前だ。何ともいえぬ背徳感がお酒を美味しくさせる。
フードの注文もぽつぽつ入る。どうやらエリカさん、食材を余らせるのが嫌みたいで「〇〇さん、キムチ好き?」「〇〇さん、ブロッコリー食べる?」と、皿にどんどん盛っている。感心な子だ。
今度はラーメンの注文が入った。えっ、そんなメニューもあるのか。ちなみに、おいくら?
「ラーメンはお通しです。今日はラーメン、ハンバーグ、お蕎麦のどれかを選べます」
意外にも本格派のラーメンだった。他にも、フードメニューはいろいろとある。
注文が出尽くしてひと息つくエリカさんにゴールデン街の魅力を聞いてみた。
「とにかく面白いお客さんが多いことですね。有休を使って、家に帰らずに1週間飲み続けている人とか(笑)」
アルバイトはここだけ。「ギリ生活できるお給料を週3回でもらって、マスターにもほんと感謝しています」とも言っていた。
さて、居心地の良い時間を過ごさせてもらったところでお勘定。お通し代が1000円とドリンク3杯で3000円だった。
「ふだんはお見送りとかしないんですが」と言いながらも、ドアの横で手を振ってくれた。
さて、恒例の直筆メッセージを。
【取材協力】新宿ゴールデン街 シャドウ・珍呑https://twitter.com/mercishadow取材・文=石原たきび