カップ酒という名の愉悦Vol.8【最終回】
巷にカップ酒専門の居酒屋が増加中だ。「ワンカップ」という通称でも親しまれているが、これはカップ酒の始祖である大関株式会社(兵庫県西宮市)の登録商標。正確には「カップ酒」ということになる。いつでもどこでも手軽にクイっと飲める極楽酒。当連載はその知られざる魅力に、無類の酒好きライター・石原たきびがほろ酔い気分で迫ろうというものだ。
カップ酒を巡る旅もいよいよ最終回。締めのラーメンを出すカップ酒居酒屋があると聞いて思った。連載の締めにもちょうどいいではないか。向かったのは東中野駅。
東京に大雪が降った日の翌日で、そこかしこに雪が残っていた。
駅西口を出て徒歩30秒、目指す「ビストロde麺酒場 燿(ひかる)」に到着した。
店内にはカウンターとテーブル席。かなりの広さだ。
元気に迎えてくれたのはオーナーの柴崎洋平さん(38歳)。「まずはオススメのカップ酒を」と言うと、山口県宇部市・永山本家酒造場の「貴」を持ってきてくれた。
仕入れ先は、やはり「
味ノマチダヤ」。ここまで来ると、もう驚かない。あの店はカップ酒に関して唯一無二の存在なのだ。
柴崎さんに、この店のオーナーになった経緯を聞いた。
「僕が18歳ぐらいの頃、石神井公園の美味しいラーメン屋に通ってたんですよ。気付いたらそこでバイトすることになり……というのが先代の師匠との出会いです」(柴崎さん、以下同)
当時、大学に入学したばかりで、アルバイトは歌舞伎町のカラオケ屋のキャッチ。無気力に日々を過ごしていたが、師匠との出会いで人生がガラッと変わったという。
「やがて店がこの場所に移転。師匠が引退すると言うので僕が買い取って、4年前に麺酒場という業態に変えました。『燿』という店名も、じつは師匠の娘さんの名前なんです」
2杯目は茨城県筑西市・来福酒造の「来福」。カップ酒としては有名な銘柄だが。この曼荼羅のようなラベルは初めて見た。
ドアの開閉時に鳴る鈴の音がひっきりなしに聞こえる。一人で来てさっと帰る客、陽気に盛り上がる男性グループなど、顔ぶれは様々だ。
「平日は近くにお勤めの方、土日は近所に住んでいる方が多いですね。東中野自体が小さい街なので、うちもお客さんとの距離が近い店にしたいと思っています」
実際に、柴崎さんは手が空くとテーブルを回って積極的に話しかけていた。こうした細かい気配りが居心地のよさを生むのだろう。
客の一人が「冷奴をネギなしで」と注文。柴崎さんが「はーい、冷奴、豆腐だけねー!」とオーダーを通す。
そういえば、今回取材をさせていただくにあたって何度か店に電話をかけたが、「はい! ビストロde麺酒場 燿 柴崎です!」という早口言葉のようなセリフを一度も噛まないのがすごいと思った。
ここで、カウンターの端に座った女性客が日本酒を2杯注文した。連れがいるのかと思ったが、どうやら一人のようだ。柴崎さんに「あの方にちょっと話しかけていいですか?」と聞くと、「全然いいですよ。僕の奥さんです(笑)」。おっと。
すぐに目に付いたのがインパクトのある料理。
「ネギ塩ベビーホタテ」というメニューだが、奥さんを笑わせようとして厨房のスタッフが毎回アレンジを加えてくるという。しみじみ思った。やはり、いい店だ。
そして、2杯同時注文は「飲み比べセット」的なものだった。
日本酒がウリのお店なので、あまりたくさん飲めない人にもいろんなお酒を飲んでもらいたいという思いから導入したシステムだ。
さて、連載最後の一杯は奥さんに決めてもらおう。彼女が冷蔵庫から取り出したのは、宮城県石巻市・墨廼江(すみのえ)酒造の「墨廼江」。
しかし、これで終わりではない。そう、「締めのラーメン」が待っている。
師匠が新潟県長岡市出身とのことで、トップには「越後長岡らーめん」(700円)が記されていた。
ここはやはり師匠との縁を祝して、「越後長岡らーめん」だろう。それは、東中野という小さな宇宙を象徴するような一杯だった。
醤油味のあっさりスープに中細麺が絡み、ほのかに生姜が香る。いろんな意味で泣ける美味しさだった。ザ・締めのラーメンに大満足してお会計。
というわけで、カップ酒の魅力に迫る連載はこれにて終了。始祖である「ワンカップ大関」、カップ酒のラインを導入した蔵元、そして、それらを最高の雰囲気で飲ませてくれる居酒屋。三位一体の小宇宙を覗く旅を堪能しました。
取材・文/石原たきび
【取材協力】
ビストロde麺酒場 燿-hikaru-
http://www.mensakaba.com