「モノが作られた土地を旅してほしい」ビームス ジャパン ディレクターが語る日本の魅力
ビームスのなかでひと際異彩を放つレーベルが「ビームス ジャパン」だ。
その商品に息づいているのは、日本のモノ作りのエッセンス。「知らなかった日本のこと」を、そっと広げて見せてくれるような感じがする。
ディレクター/バイヤー 鈴木修司 氏
1976年、三重県生まれ。地元の国立大学で機械工学を学んだのち、ビームスに入社。メンズのドレスクロージング、カジュアルウェア、「ビームス モダン リビング」(当時)など、多くの部署を経験。さらに「フェニカ」のMD、「ビーミング ライフストア」のバイヤーを経て、2016年に「ビームス ジャパン」のディレクターに就任。現在は鎌倉に在住。
Brand Profile
数多くの「海外の良いモノ」を紹介してきたビームスが、「日本の良いモノ」を紹介するために立ち上げたレーベル。創業40周年を迎えた2016年にスタートした。伝統的な縁起物からサブカルチャー由来のアートまで、多彩なアイテムを通じて世界に誇れる日本の文化を発信している。新宿の本店、渋谷、京都の計3店舗を展開。
“さまざまな日本”を目に見えるカタチで
「いつもどこかで、移動しながら仕事をしています。おそらく会社には年間数十日しか顔を出していないと思います(笑)」。
ビームス ジャパンのディレクターを務める鈴木修司氏はなかなか“つかまらない”人物だ。「日本の良いモノを紹介する」という命題を抱えたこのレーベルの責任者は、常に何かを探し、新たな企画に取り組み、魅力ある商品作りに勤しんでいる。つまり多忙なのだ。

「立ち上がってからまだ4年の新しい部署ですので、いい企画、いい商品があれば“やってみよう”と積極的にチャレンジしています。そうなるとやはり、時間が足りなくなってしまうんですよね」。
先に書いたように、日本のモノを手掛けるレーベルであることは何となく知っている。だが「日本」の範囲は広い。商品開発のための枠組みやコンセプトはどのように規定されているのだろうか。
「大きく4つのコンテンツが軸になります。まずは47都道府県それぞれの地域性や歴史、文化を感じさせる“銘品”と呼ばれるもの。次がファッション。つまり“日本の洋服”ですね。
3つ目は日本のポップカルチャーを反映した商品。例えばオタク文化を背景としたフィギュアや、ストリートアートなどです。そして4つ目がクラフト&アート。木工や陶芸など日本の手仕事にフォーカスしています」。
伝統的な日本、混沌とした日本、職人的な日本。さまざまな日本のカタチを、目に見えるモノとして提示する。それがビームス ジャパンの仕事といえるだろう。その商品は海外のカスタマーにとってはもちろん、我々日本人にも新鮮な驚きを与えてくれるのだ。
京都人も納得したビームス ジャパンの視点
去る6月11日、ビームス ジャパンは京都に新店をオープンした。
「東京の次は京都に出したいと、ずっと考えていました。ただ京都という場所は人の目が肥えていて、厳しい。歴史的建築や美術、工芸、食にいたるまで“日本の良いモノ”が集まる場所ですから」。

その心配に追い討ちをかけるように、今回のコロナ禍によってインバウンドが激減する。
「街は閑散としていました。祇園や清水寺の参道などはシャッター街のようになっていたんです」。
しかしながら蓋を開けてみると、なかなか調子がいい。むしろ、かなりの好成績だったというのだ。
「海外の方に代わるようにして、地元の人たちが来てくれたんです。大阪や兵庫など周辺地域の方々も。オープンの木曜日から4日間店舗にいたのですが、毎日入場制限をかけるほどの混雑ぶりでした」。
50代、60代と思しきお洒落な夫婦が、高額な商品を購入していく。年中無休で観光客がひしめく京都の中心地に、京都人はふつう出かけない。新型コロナによる観光客の減少が逆に、地元の人を呼び寄せる結果となったのである。
この流れはいわば偶然だ。しかし、ビームス ジャパンの商品が一筋縄ではいかない京都人を納得させたこともまた、まぎれもないひとつの事実である。
ビームスで“日本博”を開催してみたい

「このバッグを見てください。本格的な刺し子生地で、ストラップは本物の黒帯。愛知県豊川市の柔道着メーカー、タネイさんに作ってもらいました。武道は日本の重要な文化のひとつですからね」。
商品について思い入れたっぷりに語る鈴木氏。青森のボッコ靴。輪島塗の名刺入れ。瀬戸物の招き猫。見た目もうんちくも楽しい。

「ただ格好いい、かわいいだけではなくて、歴史と文化を感じさせる商品にしたい。そのうえでビームスらしい遊び心も加えたい。そんな部分にこだわっています」。
話し出したら本当に終わらないんですよ、と言って鈴木氏は笑う。メジャーなキャラクターや工芸品から、ごく一部で知られる特産品まで。そんな“ネタ”をどのように見つけ出すのだろうか。

「地方出張したときに、偶然面白いモノと出合ったりしますね。あるいは信頼している人からの口コミだったり。ウェブで調べることはまずなくて“足で稼ぐ”イメージ(笑)。だからほかとあまり被らないネタになるのかもしれません」。
足で企画の芽を探し、直感で成長株を見極め、豊かな経験により結実させる。時間はかかるが、商品はそのぶん骨太になるのだ。
「大都市にただモノを集めるだけの“便利な商売”はしたくないんです。最終的にはお客様に、その商品が作られた土地を訪れていただきたい。日本の地方には美味しい食べ物、美味しいお酒もたくさんありますから、ぜひ旅して楽しんでほしいんです」。

「ほかのレーベルとは規模が違いますが」との注釈つきではあるが、ウィズコロナの時代にもビームス ジャパンの売り上げは伸びている。それは4年間続けた「モノを売るだけではない、コトを意識した商売」が、消費者の心を強く捉えたからではないだろうか。この哲学を大切に踏襲し、今後はさらなるチャレンジを進める予定だ。
「ここ20年で各都道府県はもちろん、日本の主要都市のほとんどに足を運びましたので、次は島を攻めていきたい。さらに深い文化に出合えると期待しています。また京都店のように、地域に根ざしたお店も少しずつ増やしたいですね。
そして将来、大阪万博のような“日本の博覧会”をビームスで開催したいんです。実現できたら、相当楽しいと思いませんか?」。
鈴木泰之=写真 加瀬友重=編集・文