スニーカー世代を刺激する「一足触発」 Vol.67
2020.06.28
FASHION

世界が熱視線を送るアシックス。今夏の傑作を起点に、その歩みを振り返る

アシックスタイガーは、ある世代には甘酸っぱい記憶が呼び覚まされるブランドである。

アシックスといえばオニツカタイガーが海外で評判となっているのはご存じのとおりだが、数年前からオニツカタイガーに負けず劣らずのアツい視線が注がれているという。

 

この夏登場した最もホットな一足

6月12日に満を持してリリースされた「GEL-PTG MT G-TX」。各1万6000円/アシックス(アシックスジャパン 0120-068-806)

かつてバスケットボール少年だったら覚えているに違いない「ファブレ ポイントゲッター」をベースとした「GEL-PTG MT G-TX」がリリースされた。

ファブレ ポイントゲッターは1983年に誕生したバスケットボールシューズで、カンガルーレザーのアッパーに粘りの強いラバーソールを履かせた純国産。何人ものスタープレーヤーがそのシューズを相棒に選び、コートを跳ねた。

当時2万円を軽く超えていたというから、バスケットボール少年にとっては高嶺の花だっただろう。

こちらがGEL-PTG MT G-TXのベースとなったモデル、ファブレ ポイントゲッター。当時のカタログより。

スポーツスタイル事業部の御所野良紘さんはいう。

「そのシューズは、ファーストモデルのスペック据え置きで2013年まで販売されました。アシックスの数あるマスターピースの中でも往時の姿をとどめたまま30年にわたってカタログに載り続けたモデルはそうはありません。

アップデートのポイントはゴアテックス仕様のキャンバス素材、パッド充填を控えめにしたミッドカット、着脱可能なシューレースカバー、そして衝撃緩衝材のフューズゲルにあります」。

その一つひとつに共通する考え方は、スポーツテクノロジーをライフスタイルに応用するということであり、GEL-PTG MT G-TXが属するアシックス スポーツスタイルに相応しい一足だ。スニーカーギークなら先刻承知、アシックス スポーツスタイルは昨年までアシックスタイガーの名で展開していたコレクションである。

さて、そろそろアシックスタイガーというブランドについて、じっくりと探っていこう。

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KITHもSNSも……世界を虜にしたブランド

2015年にリローンチしたアシックスタイガーは、海外から火がついた。

「ニューヨークのKITH(キース)やスコットランドのハノン、ロンドンのフットパトロール、オランダのパタ、スウェーデンのスニーカーズエンスタッフ……数々の有名スニーカーショップが手掛けたゲルシリーズの別注モデルが、ことごとく売れていました。この盛り上がりを受けて、我々はブランドの整理を行った。

競技者向けのハイパフォーマンスシューズ=アシックス、よりファッション性の高いモデル=オニツカタイガー、そしてゲルを核にテクノロジーとデザインを兼ね備えたライフスタイル向けのモデル=アシックスタイガーに再構築したんです」(マーケティング統括部・大坪洋士さん)。

KITHとのコラボレーションモデル。ゲルライト III誕生25周年を記念したもの。

海外のスニーカーギークはなぜ、ゲルシリーズに目を付けたのか。

ハイテクスニーカーが空前のブームとなった90年代、競合他社がストリートカルチャーにも色気を見せるなか、アシックスはあくまでパフォーマンスシューズとして展開した。そんな愚直なブランドは弁護士や医者といった層に受け入れられ、廃れることなく売れ続けた。

ゲルシリーズを下支えしたのがゲルライト IIIやゲルカヤノ トレーナーだった。その稀有な存在にKITHのロニー・フィーグをはじめとしたクリエイターが注目したのだ。

私事で恐縮だが、僕が初めて親にねだって買ってもらったスニーカーは、ネイビーのアッパーにホワイトのアシックスストライプが入った一足だった。その色使いはもちろん、地を這うようなシルエットが気に入ったのだが、今は小学生の自分を褒めてやりたい気持ちでいっぱいだ(笑)。

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ナイキはエアを。アシックスはゲルを

コチラは気鋭のブルガリア人デザイナー、キコ コスタディノフが2016年に立ち上げた同名ブランドとのコラボレーションモデル。

アシックスタイガーをアシックス・ブランドの1カテゴリーとなるアシックス スポーツスタイルに落とし込んだのは2019年のこと。それだけ聞けば降格人事のようだけれど、事実はむしろ逆だ。

アシックスタイガーはアーカイブをベースとしたデザインワークをその特徴としていた。アーカイブには限りがある。新たなジャンルを創造しようと思えば、アーカイブ縛りは文字どおり“枷”になる。

つまりアシックス スポーツスタイルへの合流は、「日常をパフォーマンスでアップデートする」(御所野さん)というアシックスタイガーの根幹にあるものをより広く展開しようという試みである。

キーテクノロジーとなるゲルのルーツは日本の化学メーカー、タイカが発明したアルファゲルだ。アシックスは高さ18メートルから落とした生卵がビクともしない驚異の衝撃緩衝力に可能性を感じ、ゲルを新たなソール材の目玉とすべく全精力を傾けた。1986年に発売されたジョギングシューズGTIIが映えある搭載第一号となった。

アシックスがゲルに関心を寄せた背景には、80年代中頃に始まった衝撃緩衝材の開発競争があったが、このレースにエントリーしたのはアシックスを除けばナイキくらいなものだった。つまり、レースといっても実際はナイキとアシックスの一騎打ちの様相を呈していたのである。

そうしてナイキはエアを、アシックスはゲルを創造した。

同胞としては大変誇らしいエピソードだが、アシックスのこれまでの歩みを考えればさして驚くことではない。今やスニーカーの部材として欠かせない合成樹脂、EVAを世界で初めてスパイクに採用したのはアシックスだった。1973年のことだ。

アシックススポーツ工学研究所。ゲルはもちろん、数々のテクノロジーがここで生まれている。

ゲルは現在、アシックス・テクノロジーの根幹となるマテリアルだ。その中核を担うのがアシックススポーツ工学研究所。1985年に設立された、言わずと知れたその道のオーソリティである。

GEL-PTG MT G-TXに搭載されたフューズゲルは2016年に開発された。スポンジにゲルを融合させることに成功したマテリアルで、衝撃緩衝性能はそのままに軽量性を獲得、今や続々とニューモデルがリリースされるテクノロジーに成長した。

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一日に千里を駆る虎がごとく

ミタスニーカーズ とのコラボレーションモデル。ベースとなったのはゲルライト Ⅲ OG。

アシックスタイガーは1980年代のスポーツシューズの代名詞だった。

より正確に歴史を振り返るならば、アシックスタイガーが競技場や校庭を走り回っていたのはオニツカ株式会社から株式会社アシックスへ社名変更した1977年から、ブランド名もアシックスに統一した1990年までの13年間である。

アシックスタイガーが登場する前のブランド名がオニツカタイガーだった。

ブランド名を改めるにあたってタイガーを残したのは、よほど自らのアイデアを気に入っていたからだろう。

スポーツシューズに相応しい強さと敏捷性を表すものとして虎に白羽の矢を立てたのは自然の成り行きだった。虎はかつてアジア最強の動物と謳われていた。しかも虎には、一日に千里を走るという故事もあった。ところが、すでに商標を登録している会社があった。そこで創業者、鬼塚喜八郎の名字や社名を頭につけたのだった。

ゴアテックス仕様で実用性も高いGEL-PTG MT G-TX。1万6000円/アシックス(アシックスジャパン 0120-068-806)

せっかくだから社名の由来とアシックスストライプについても紐解いておこう。

社名は古代ローマ時代の詩人ユベナリスが遺した言葉、「Anima Sana in Corpore Sano(=もし神に祈るならば、健全な身体に健全な精神があれかしと祈るべきだ)」の頭文字からとっている。事業の相談に訪れた喜八郎に盟友、兵庫県教育委員会保健体育課長の堀 公平が贈った言葉だ。

アシックスストライプはメキシコオリンピックに向けて考案されたもので、当時は“メキシコライン”と呼ばれていた。アシックスではそれまでオリンピックごとに新たなマークを作っていたが、以降、そのマークはアシックスのアイコンとして定着した。

アシックスタイガーが眠りについて四半世紀。いったん目を覚ましてからはまさに“一日に千里を走る”の故事どおり、世界を駆けめぐっている。

たとえ千里の道でも、GEL-PTG MT G-TXなら疲れることはないだろう。

 

[問い合わせ]
アシックスジャパンお客様相談室
0120-068-806

竹川 圭=取材・文

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