乗りたかったのは、キブンが乗るクルマ Vol.103
2020.06.14
CAR

LightからLuxuryへ。メルセデス「SL」の、バブルを駆け抜けた歴史

「中古以上・旧車未満な車図鑑」とは……

vol.4:「SL」
メルセデス・ベンツ、1989年〜2001年

初代SLは石原裕次郎が所有していたことで有名な、ガルウィングの「300SL」だ。レースへの参戦を前提として開発されたモデルで、それゆえ車名もドイツ語の「Sport Leicht」(軽量スポーツ)からSLとした。

1989年のデビュー時は「SL」がモデル名の数字の後ろについた(「500SL」など)が、1994年以降は「SL」が数字の頭につく(「SL500」など)ようになった。1989年10月の「500SL」の車両本体価格は1380万円。中古車の平均価格は約200万円。

要はライトウエイトスポーツカーということなのだが、確かに初代は車重が約1.3tだったものの、代を重ねるごとに重量が増えていく。1989年に登場した4代目SL(開発コードネームはR129)では約1.8t〜2tにまでなった。

実はひとつ前の3代目から、SLのLがLeicht(軽量)からLuxury(ラグジュアリー。ドイツ語ではLuxus)へゆるやかに移行し、より内外装がゴージャスになったこの4代目で、ハッキリと「SLのLはラグジュアリーです!」と宣言したような感じだ(公式コメントはない)。

言うまでもなく、ただ肥えたわけではない。当時の世界最高レベルの安全性や快適性、走行性能を求めた結果で重量が増えたのだ。例えば屋根のないオープンカーゆえ、横転時のリスクを感知すると0.3秒で跳ね上がる格納式ロールオーバーバーや、事故の際に乗員を守るシートは強靱なマグネシウム合金製フレーム製を備えた。

転倒の危険を検知すると0.3秒で立ち上がるロールバー。

こうした安全技術や機能を追加すれば重量はどうしても増える。一方でロールオーバーバーなどこのSLで示された新しい安全装備は、のちに続く他社のオープンカーにも積極的に採用されるようになった。

当時メルセデス・ベンツの輸入代理店だったヤナセはまず5L V型8気筒の「500SL」を導入。次いで当時のメルセデス・ベンツで最高スペックを誇った6L V型12気筒の「600SL」が追加された。ちなみに日本へは未導入だが、V型12気筒の排気量を7.3Lまで増やして専用チューニングが施されたAMGモデル「SL73」もあった。SLのS(スポーツ)についても、当然抜かりはないというわけだ。

当初トランスミッションは4AT。1995年から5ATに(1994年から導入されたSL320は最初から5AT)。乗車定員は2名。

1989年といえば日本はバブル景気の最盛期。所有していた土地の突然の高騰で、ヤナセ(当時のメルセデス・ベンツの輸入代理店)まで軽自動車で車を買いに来た人もいたほどだ。なかには昨日までの550ccや660ccの車から、4973ccの500SLへ乗り換えた人もいるのかもしれない。

インテリアはSクラスとほぼ同じ。シートベルトはシート内に格納されている。

SやEクラスを愛用するユーザーがSLに乗っても、重厚感のあるドッシリとした乗り心地と、絶対的な安心感がある走行性能や、「最善か無か」というメルセデスらしい使い勝手と質感の良さに違和感がなく、しかもオープンエアの気持ち良さを味わえる4代目SL。

ルーフはソフトトップと脱着式のハードルーフの両方が用意されている。そのためユーザーは取り外したハードルーフを置いておけるガレージ等が必要だった。

ちなみに1989年といえば、マツダが1tを切るライトウエイトスポーツカーとして「ユーノスロードスター」の販売を開始した年でもある。ご存知のようにユーノスロードスターは世界中でヒットしたが、ラグジュアリーになった4代目SLもまた、世界中から注文が殺到し、一時期生産が追いつかないほど売れたモデルだった。

 

「中古以上・旧車未満な車図鑑」とは……
“今”を手軽に楽しむのが中古。“昔”を慈しむのが旧車だとしたら、これらの車はちょうどその間。好景気に沸き、グローバル化もまだ先の1980〜’90年代、自動車メーカーは今よりもそれぞれの信念に邁進していた。その頃に作られた車は、今でも立派に使えて、しかも慈しみを覚える名車が数多くあるのだ。上に戻る

籠島康弘=文

※中古車平均価格は編集部調べ。

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