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2019.03.07

小さな個体に込めたロマン、バブルに咲いた軽の花「ABCトリオ」

軽んずべからず「軽自動車」
日本が世界に誇るマイクロカー「軽自動車」。普通車なみの機能を持ってバリエーションも豊富、しかも何かと遊べる要素も満載で、国内の新車販売台数の約4割が軽自動車という事実もある。決して軽んじちゃいけない「軽自動車」の魅力にズームイン!
「バブル」というと、ボディコンを身に纏った女性が扇子を振り回すジュリアナ東京をイメージする人も多いかもしれないけれど、実はジュリアナ東京が誕生した1991年は、バブル崩壊が始まった年でもある。
経済は右肩上がりが当然と考えられていたバブルの真っ最中に計画され、やっと陽の目を見たと思ったら、あっという間に泡と消えた存在は、実は軽自動車にもいる。
それが「ABCトリオ」と呼ばれる3台。実はこのトリオ、“今の軽自動車”を語るうえで、知っておきたい存在なのだ。

AZ-1】
マツダ・オートザムAZ-1
ガルウイングを備えた軽のスーパーカー

車名にあるオートザムとは、車がバンバン売れたバブル期にマツダが増やした販売系列(ディーラー)のひとつ「オートザム店」のこと。ちなみにオートザムではイタリアのランチア(デルタとかテーマなど)も販売。まさにバブリーディーラーだった。
かつて石原裕次郎が乗っていたメルセデス・ベンツのSLと同じように開くガルウイング。閉める際は内側に備えられたストラップで引き下げるのだが、ドアが重いので大変。
さて、マツダ・オートザムAZ-1。バブル絶頂を迎えつつあった1989年の東京モーターショーでのお披露目を経て、バブル崩壊が始まっていた1992年9月に販売開始。カモメの翼という意味の「ガルウイング」を備えた唯一の軽自動車だ。
2人乗りで5速MTのみ。スズキ製のエンジンをシートの後ろに置き、後輪を駆動させるミッドシップレイアウトだ。エンジン供給の関係からか、スズキでも「キャラ」という名前で発売された。
窓は全開しない。サイドウインドウの下半分ぐらいの小窓のみ手動で開けられる。当時はETCがなかったので、高速の料金所などでの支払いは、高さ約13センチのここから腕を出して行った……。
東京モーターショーの時点ではラリーカーやレースカーなどボディの「着せ替え」も検討されていたが、コスト面などの事情でなくなってしまった。それでも当時としては高価な軽自動車となり、バブル崩壊のあおりを受けてわずか3年後の1995年5月に生産終了となった。
 

BEAT】
ホンダ・ビート
NSXを手軽に。軽初のミッドシップ2シーターオープンカー

1990年に登場したNSXに続くように、1991年5月にホンダから現れたのがビート。NSXと同じくエンジンをシートの後ろに置き、後輪を駆動させるミッドシップレイアウト、しかもオープンカーとなると軽自動車では初となった。
2人乗りで5速MTのみ。ちなみに本田宗一郎が最後にその完成を見届けた四輪車と言われる。
AZ-1より先にミッドシップレイアウトを採用。ただしAZ-1とは違い、わずかながら(世界最小と言われたほど狭いが)トランクルームを用意した。
当時はNSXやトヨタ・スープラ、日産・スカイラインGT-Rなど280馬力スポーツカー全盛期。そんな280馬力マシン同様にビートは前後でタイヤサイズを変え、前輪が13インチで後輪は14インチ。同様に後輪のディスクブレーキは軽自動車用ではなく、当時のプレリュードから流用された。
軽自動車の業界自主規制である64馬力を、ほかの多くの軽自動車がターボを使って絞り出すなか、F1などの知見を生かしてノンターボで実現。エアバッグも軽として始めて用意するなど、至るところに今につながる革新的な挑戦がなされた名車なのだ。
軽自動車はコスト削減のためパーツ類を共有することが多いが、ビートはレイアウトにこだわり、メーターやスイッチ類などに専用部品を使っている。
とはいえバブル崩壊の波にはあらがえず、1996年に生産が終了した。
 

Cappuccino】
スズキ・カプチーノ
軽自動車のプロが放った、クーペにもオープンにもなる変則スポーツカー

スズキはアルトやジムニーなど、長年軽自動車を作り続けている、いわば軽自動車のプロ。世の中がバブルで浮き足立つ中でも軽自動車の可能性を探究し続けていた。
その成果を2シーターオープンカーとして披露したのは、マツダがAZ-1を披露したのと同じ1989年の東京モーターショーだった。
 
トランクルームを備えているが、オープンにした際にルーフをしまうとほとんど使えなくなる。当初は5速MTのみだったがマイナーチェンジの際に3速AT車も加わった。
ショーで好評だったことを受け、1991年11月に発売されたカプチーノ。市販モデルではクーペにもタルガトップ(頭上のルーフのみ外せる)にもフルオープンにもできる、特殊なルーフ機構を備えた。
またレースカーで使われるダブルウィッシュボーン式サスペンションを軽自動車で始めて採用したほか、当時ラリーで活躍していたアルトワークスのエンジン(AZ-1にも供給)を搭載するなど、走りの性能も徹底的に追求されていた。
ABCトリオの中では唯一マイナーチェンジを行う(1995年)など、3台の中ではいちばん長く販売が続いたが、1998年に生産が終了した。
 

そして今、受け継がれるABCトリオの夢

最も明確に後継モデルとして登場したのはホンダ・S660(2015年登場)だ。ミッドシップ2シーターオープンカーであったビートのDNAを継承している。
ビートとは異なりターボ付きのS660専用に改良されたエンジンを搭載。ミッションにはCVTのほか、軽自動車初となる6速MTも用意されるなど、軽自動車の枠にとらわれない挑戦心も受け継ぐ。
現在、マツダは軽自動車の製造を行っておらず、AZ-1の復活は厳しいだろう。またカプチーノ復活の噂はあるものの、実現はそう簡単ではないはずだ。
しかし、実はAZ-1やカプチーノの意思を受け継いだかのような軽自動車がある。
それはダイハツ・コペン。2002年に登場した初代は2人乗りオープンカーで、カプチーノ同様FR(エンジンをフロントに載せて後輪を駆動させる)車。さらにカプチーノのようにクーペにもオープンカーにもなる(しかも電動!)。さらに2代目コペンはAZ-1が断念した「着せ替え」まで実現したのだ。
左からダイハツ・コペンのセロ、ローブ、エクスプレイ。この3種類のスタイルから選べるほか、購入後にセロとローブを相互に「着せ替える」ことも可能。
 
バブル崩壊とともに散ったABCトリオ。しかし、徒花ではなく、現在の軽スポーツカーにその夢が結実しているとあれば、最新の軽スポーツを楽しむためにもぜひ知っておきたい3台なのだ。
今年の10月に開催される東京モーターショー。もしかしたらABCトリオの夢を継ぐ新たな軽の名車が現れるかも!? 日本が誇るマイクロカーはどこまで進化していくのか、注目したい。

籠島康弘=文


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