
「もう遅い」。40代になると、そんな言葉を自分自身に向ける場面が増えてくる。だが、46歳になった今も世界最高峰のプロリーグを目指し、汗まみれで走り続ける男がいる。元プロ野球選手の木村昇吾さんだ。
15年間プレーしたプロ野球を離れ、
38歳でクリケットへ転向。待っていたのは華やかなセカンドキャリアではなく、泥まみれの再挑戦だった。
それでも木村さんは前を向く。「楽な方の逆」を選ぶことが、自分の人生だからだ。
「野球が上手かったこと」が障害に

「やればやるほど、その背中が遠のいていくような感覚でしたね」。
転向当初、木村さんは3〜4年で世界最高峰リーグ「IPL(インディアン・プレミアリーグ)」に挑戦できると考えていた。しかし現実は甘くなかった。
皮肉にも、野球の技術が大きな壁となったのである。
「クリケットと野球は似ているようで、全然違います。なのに、体に染み付いた野球の打ち方が邪魔をするんですよ。ボールは野球より遅く見えているんです。大谷(翔平)くんの160キロも打ってきたわけですから。でも、打てない。遅く見えているのに、打てない。不思議な感覚でした」。
野球からクリケットへ転向した選手の指導経験など、どのコーチも持っていない。前例がない以上、自ら試行錯誤を重ねるしか道はなかった。「野球の癖を消して、新しい動きを身体に覚え込ませる。その繰り返しでした」と木村さんは振り返る。
さらに、日本では競技人口が少なく、練習環境にも限界があった。
「『量より質』と言われますけど、僕は絶対に量だと思っています。量をこなして初めて質がわかる。だけど2018年当時、平日に練習できるのは週1回程度。ちゃんとした練習場所が佐野(栃木県)にしかなかったんです。家族もいるので簡単に引っ越すこともできず、環境のなさには今もずっとモヤモヤしています」。
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