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松井ケムリは自分にとっての“世論”


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ーー過去のインタビューで「人を助けたい、社会に貢献したい」といったスタンスを語られていたのが印象的でした。今回の『BREAK SHOT』の制作も、その一環なのでしょうか。

くるま それをどういう文脈で言ったのか忘れましたが、3年くらい前に、世の中の極論に飽きたんです。目立つのがいい、バズるのがいい、悪くバズったらそれは炎上と呼ぶ。バランスを取って真ん中の動きが生まれるのかと思ったら、今度は厳格な中道が現れた。世界が右と左と真ん中っていう三角形になっちゃったんですよ。

原因は物事を抽象化しすぎてることにあると思ってます。わかりやすい見出しにするとかもそう。だからとにかく、具体的でいること。僕は具体的な人間なんで、相手を決めつけもしないし、決めつけられもしないというか、その場にいるその時その時の瞬間でしかない。
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『BREAK SHOT』にもそれは込めていて、ただいろんな人間がいて、補完し合ったり、連携してるようなしてないような、誰が悪いかわからないけど、ことは起きていて、でもみんないるんだっていう。もしかしたら、社会の抽象化の波に溺れて苦しんでいる人がいたら助けられるかもしれないっていう気持ちはありますね。



ーー『BREAK SHOT』でのケムリさんの演技には凄みがありました。本人には映画の撮影であることは伏せていたそうですね。

くるま そうなんです。単独ライブの幕間にお互いドッキリをしかけようという企画で、彼には映画のことは秘密にして撮影したんです。その上でのあの演技。この作品を通して僕が伝えたいことはいろいろあるんですけど、そのうちの1つが彼ですね。

中高一貫の男子校で教育を受けて、浪人して、河合塾で全国2位になって慶応に入って法学部を出た人間の、良くいえば幸福論者だし、悪くいえば平和ボケ。「こういう顔して」って言ったらやるんですよ。それで、終わったら何も言わずに帰っていく。

他のコンビなら「これは何?」とか「ふざけんな!」とか文句言って笑い映像になって終わりですよ。でも彼は言わない。だから映画になったんです。

令和ロマンは僕が引っ張ってるとか、新しいものを作ってるって誤認されるんですけど、とにかくケムリ先生が最先端。時代の寵児です。いまの日本の15、6歳が捉えている感覚が彼にはある。瑞々しいんですよ。



ーー改めて、松井ケムリさんはくるまさんにとってどんな存在なのでしょう。

くるま 基準ですかね。ひとことで言うのは難しいけど、やっぱり現実かもしれないです。僕とは全く違う存在なので。

僕はどちらかというと理想主義で、イデアを求めて「もっとこういうネタを作ろう、あれもこれもやろう」と突っ走ってしまう。だから、以前は歯車が合わない時期もありました。何でもっと頑張ってくれないんだろうって、思っちゃっていたんですよ。

でも、コロナになったとき、結局僕が無駄に空回りして絡まっていたことが、一旦すべて意味を失って。ただただ彼が実家で筋トレしている姿の方が、よっぽど正しく思えた。そこから彼がずっと現実です。

自分が目指すものや、作るものもあるけど、彼がどう思うかっていうのは忘れちゃいけないなと思います。所詮、世の中ってこんなもんだよっていうのを示してくれる一番の存在じゃないですかね。彼こそが“世論”ですよ。本当に偏りがない。
4/4

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