エロビデオ屋の店長に昇進。バイク生活をキープ

相手の過失が100パーセントの事故。保険金を元手に手に入れたのが、3代目となるイタリア・アプリリア製のスクーターだった。売れない若手時代、金銭的な苦悩を語る芸人は多いが、自身を「ただただ真面目な男」と評するRGさんは、次々と愛車をアップグレードしていく。
「売れてない若手芸人でしたけど、どうしてもバイクには乗りたかったんですよ。いまの妻と同棲も始めていたし、2人でちゃんと暮らせる生活基盤は欲しかった。
だから、エロビデオ屋に寝泊まりするくらい真面目に働いたんですが、気づけば仕入れまで任されるようになり、店長に上り詰めていました(笑)。
月収は30万円ほどあったし、妻も働いてたので、生活にはある程度の余裕がありましたね。バイクも2人で乗れるスズキのスカイウェイブに乗り換え、ヤマハTDRの125ccも買い足し、贅沢な2台持ちをしてたのもこの頃です」。
そして2005年、相方・レイザーラモンHGのブレイクを機にスカイウェイブだけを連れて上京。人生最大の転機が訪れる 。『アメトーーク!』の「バイク芸人」企画だ 。
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